多木浩二著『スポーツを考えるー身体・資本・ナショナリズム』

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最近の新国立競技場の問題でバタバタしていた政府の行動をみていると、そもそもスポーツとは何なのか、あるいはオリンピックとは何なのかについて思いを巡らさざるを得ない。

大学時代の学科の教授であった多木浩二先生が、上記タイトルの本を出版していることを思い出し、購入する。まだ、序章しか読んでいないが、多木先生がなぜスポーツを一冊の著書に取り上げたのか、よく理解できた。

スポーツとは、そもそもが近代に誕生した、非暴力モデルであること。さらに、イギリスで誕生し、それは、イギリスの支配階級で誕生した「余暇」に関係すること、近代スポーツはその発生当初から観客を含めた社会の中で成立してきたこと、スポーツは近代のアングロ・サクソンの発明であったことetc.

つまり、スポーツを考えることは近代以降の社会を考えることと同義となる、という視点である。わたしは特別にこだわるスポーツというものをもっていないが、オリンピックをはじめとする近代から現代以降のスポーツをとりまく社会には疑問を感じないわけにはいかない。その疑問は、すでに多木先生によって20年前に熟考されていたのである。
by kurarc | 2015-07-21 21:11 | books