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群論 対称性 エッシャー

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三鷹駅前に、三鷹ネットワーク大学という施設がある。高度な専門性をもつ様々な講座を受講することができるが、今晩受講したのは、「装飾模様のシンメトリーとエッシャーの世界」と題された講座。エッシャーの世界を数学を用いてわかりやすく説明してくれると勘違いして申し込んだが、講座は、群論という数学の講義を受講するはめになってしまった。

以前もとりあげた、ヘルマン・ヴァイルの名著『シンメトリー』という数学書の内容といってよいもので、講師の方は数学者であったから、繰り返し模様がもつ群論的世界の講義で、その数学的意味をおよそつかむことができたのは収穫であったが、実は、講座を受講中、腹立たしくて仕方がなかった。講座のタイトルと全く講義が異なるからである。しかし、専門家の方に群論の講義を受けたことは初めてのことであるし、家に帰ってからは、その怒りはある程度おさまり、ヴァイルの著書をよく理解できるようになった、と思うことにして、心を鎮めた。

数学といういうと、なにか難しいように思うが、実はそんなことはない。数学はいわば「数学語」という語学の一種だと思えばよいのである。符号、記号、専門用語(合同変換だの写像だの線形化など)がやたらと出て来るのが厄介なだけで、内容自体は以外と簡単なことの羅列なのである。簡単なことを難しくしている(非日常化している)だけなのだ。

それにしても、この講義で置き去りにされたエッシャーはかわいそうである。彼は、群論の世界、対称性の世界やユークリッド幾何学、非ユークリッド幾何学の事例を誰にもわかる模様で描いてみせた。彼こそ、最も立派な数学者なのであるが、今日の先生はそのことをいっこうにおわかりになっていらっしゃらなかったようだ。エッシャーを初めて知ったのは、中学生のときだったが、わたしは美術の課題で、エッシャーの絵画(上)をヒントに絵を描いた(いわば盗作)ことは今でもよく覚えている。

エッシャーに対して、また新たな視点で彼の作品を眺めることができそうなので、そのことも収穫と思い、怒りを鎮めることにした。
by kurarc | 2015-07-24 23:20 | design