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窓の宇宙史へ

最近、特に「窓」について興味をもっている。建築のデザインをやるものが窓をテーマとすると、その性能であるとか、ディテールであるとかに走ってしまうが、それだけではない。窓から見える風景であるとか、逆に窓を通した室内であるとか、あるいは、そもそも窓というものを日本人をはじめ、世界の人はどのようなものとして考えているのかとか、様々なことである。

なぜこのようなことを考えはじめたかというと、映画の影響が大きい。そのきっかけを与えてくれたのは、ヒッチコックの『Rear Window』という映画だが、この映画に影響を受けた映画が数多いことを発見したためである。それは、欧米人たちが、なぜ、窓にこだわるのかという疑問を思い浮かべずにはいられない。

日本の映画をみていると窓への意識は希薄である場合が多く、窓というものそのものの存在感が欠如しているし(寺社などの古建築を除く)、日本の建築は内と外との境界が曖昧なデザインが多いので、窓のような境界部分の印象が希薄になることは必然的でもある。また、そのことが日本的といわれるのなら、あえて、欧米のように表現することはない、とも言える。

しかし、わたしは、いわゆる「日本的なもの」には全く興味がない人間なので、欧米人たちの感性に大いに興味があり、刺激を受ける。窓から眺められる風景は日常的な自然(大自然ではない)の風景もよいが、都市であるのもよい、と思う。しかし、日本の都市は相変わらず眺められるような詩趣に欠ける。そこが問題である。

こうした感性は、やはり、ポルトガルのリスボンに暮らした経験が大きいかもしれない。それは家だけではない。海外に行くと、夜、何気なく入ったレストランから窓越しに見える都市(街)の趣きが記憶に焼き付くような経験は数えきれないが、日本でそのような経験をすることは滅多にない。

建築家がいくら性能のよい窓をつくっても、それはそれだけのことである、ということである。(もちろん、環境に配慮された窓と言えるものにはなる)その窓からみえる都市とか、都市からみえる窓がどのように人間を豊かにしてくれるのか、そこが最も大切な気がする。

すでに同じことを考えている人は数多いと思われるが、「窓の文化史」、「窓の文明史」といった領域への興味と言えるのかもしれない。そして、それらを広げて、窓がもつ様々な可能性を考えるフレーム、「窓の宇宙史」を提唱したいということである。


*東京工業大学 塚本由晴研究室が「WINDOW SCAPE」という概念を提唱している。この著書はまだ読んでいないが、きっと、同じような考えのような気がする。

*検索するとYKKAPのHPの中に、「窓学」というコーナーがある。考えることは皆同じである。

*わたしも最初は「窓学」ということばにしようと思ったが、すでにかなり流通しているようなので、「窓の宇宙史」とすることにした。このことは大袈裟に聞こえるかもしれないが、「窓」とはもしかしたら、人間の存在そのもの、人間の本質を知るための最も身近な道具であり、空間であり、フレームであるのだから、決して大袈裟とは言えない。映画を19世紀がつくった「窓」の一変種ととらえることもできるし、PCのディスプレイは「20世紀の窓」と言える。

*「窓」をテーマとしたルイージ・ピランデッロの『よその家のあかり』という短編は、興味深い。ヒッチコックが彼の小説から影響を受けたことは十分考えられる。映画『仕立て屋の恋』はこの小説からインスピレーションを得たのだろう。

*日本的な空間の一つに、縁側のような中間領域が指摘される。これを、空間としての「窓」ととらえるとまた違った発想に展開できそうな気がする。

*「映画の中の窓」というテーマも興味深い。ヒッチコックだけでなく、優れた映画は必ずといってよいほど、「窓」が重要な役割をになっているから不思議である。

*建築で考えれば、もちろん建築全体が都市にあたえる影響が大きい。「窓」だけに特化してもよい建築にはなりえないが、可能性として「窓」、「壁」、「屋根」といった個々のエレメントがもつ力は重要になる。窓だけでなく、それら全体を常に意識することが重要であることに変わりはない。

*カテゴリに新しく「window」を追加しました。
by kurarc | 2015-08-21 21:59 | window