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不連続な街並みの可能性ー群としての街

建築家たちが好きなことばに「街並み」という言葉がある。「街並み」をつくる、とか、「街並み」を守る、であるとか様々な使い方をする。しかし、いざ東京に限って言えば、そうした「街並み」を形成していると言えるような街、場所はほんの一握りであり、極端に言えば、街並みはないと言っても過言ではないほどである。

例えば、東京駅前を例に考えてみよう。復元された東京駅は煉瓦の意匠をまとった明治の洋風建築であり、そのとなりには、やはりファサードと少しの空間が保存された東京中央郵便局があり、これは、昭和初期のモダニズム建築である。そして、これらを取り囲むように21世紀の超高層建築が建ち並ぶ。

こうした景観を街並みと言えるのだろうか?全く、時代や構法、素材、デザインほかすべてが異なる建築の集合体、それが東京駅前の様相である。

以前にも述べたが、保存活用を考えて行くと、あたり前のことであるが、様々な時代の様式をもった建築が都市の中に点在することになる。これらは、貴重な建築物が多いから、ランドマークにもなる。地方にある連続した街並みの保存というような場合を除けば、都市は様々な建築様式が断片的に連続する「群島」になる。これが、現実である。

こうした状況を、以前鎌倉に住んでいるときに「アーキペラーゴモデル」と名付け、鎌倉の建築家たちの前でスライドレクチャーのようなことをした。現代では街並みをつくることはむしろ「大きな力」を必要とする。だから、あまり安易に「街並み」という言葉を使いたくないというのがわたしの考えである。

わたしが考えているのは、住宅であれば、将来、街並みに発展していくことが期待できるようなモデルをその住宅の中に封じ込めること。個々の住宅の中に、その種子となるような核を埋め込んでおくこと。

もう一つは、群島状の都市を認めながら、その群島がいかに都市の中で豊かに機能していけるのか考えることである。東京駅前の都市も街並みとは言えないが、それらが有機的に結びついていけば、「街並み」という概念とは異なった都市に発展していく可能性を秘めている。そうした都市をどのように呼んだらよいのか、よい言葉がみつからないが、「群としての都市」、「群島としての都市」とひとまず呼んでおこうと思っている。

*住宅地における第3の可能性として、外構計画を丁寧にやることがある。その実例として、宮脇壇氏による日野鹿島台の計画がある。外構をしっかりとやることで、個々の住宅のアラが消え、全体として統一感のある街並みといえるような環境、景観が実現される。個々の住宅の統一感を求めることが難しい時代であるから、外構計画はますます重要性を増している。これは、行政にたずさわる人に特に気がついてほしいことである。
by kurarc | 2015-08-23 13:43 | design