「遠く」へ行き、帰ることのできる人

ポーランド語を教えてくれたAさんは、今月の20日にポーランドに帰国するという。はるか遠くからやってきて、また帰って行くという経験は、最も人間を成長させる経験の一つといってよいのではないか。「遠く」の世界には、まったく想像もつかないような体験があるし、思いがけない苦労や摩擦もあるからである。そうした世界を経験することは、人を脱皮させるような経験と等しい。

大学を卒業後、沖縄に就職したことは、わたしにとって「遠く」へ行った初めての経験であった。「遠く」とは、何百キロではなく、少なくとも何千キロ離れていることが必要である。何百キロでは、国家内、都市間の移動というスケールであるから。沖縄は日本だが、2千キロ離れているから、やはり、同じ国であっても、「遠く」といってよい距離である。

ポルトガルに住んだことも、「遠い」経験であった。わたしが帰国することになったとき、大家さんの娘さんは涙を流してくれた。行きつけのレストランのオーナーに帰国のことを話すと、「いつ帰ってくるんだ」と映画の中の台詞のような言葉を贈ってくれた。ポルトガル建築史を教えてくれたオラシオ先生は、「Bom trabalho !!(よい仕事をの意)」と最後に声をかけてくれた。

難民のように遠くへ行ったきり、帰ることのできない人々もいる。そういう人たちは、荒廃した自らの故郷をどのように懐かしむのだろうか?「遠くへ行き、また帰ることができる」国に住む人は幸せなのだと思う。
by kurarc | 2015-09-07 21:22 | saudade-memoria