カタカナは語学を学ぶ邪魔になる

今日、日本語のできるフランス人女性と話す機会があった。わたしが図書館から借りたフランス語のテキストをみせると、かなり険しい顔をした。発音の解説の箇所である。

このテキストは現在日本で最も売れているというテキスト。フランス語の初歩を学ぶのには学びやすいという評判のものである。

鼻母音の解説のところで、「am,an,em,・・・・・eim,ein」という13を取り上げて、すべて「アン」と発音すると解説しているが、彼女は、これは違う、というのである。もちろん、このテキストの執筆者は、初学者を念頭において、13をすべて「アン」という発音と考えておく、という書き方をしている。

こうした書き方を真に受けてよいのかどうか。もちろん、真に受けてはいけない。日本語のカタカナでは書き表すことができない音がヨーロッパの言語(もちろんヨーロッパ以外の言語にも)には数多くある。フランス語のテキストを比較しても、テキストによってカタカナのふり方も異なる有様だ。

やはり、発音を学ぶのは母国語として学んだ人(ネイティブの人)にこうしたカタカナで言い表わすことができない発音を一つ一つ確認しながら進めるのが最も適切な語学の学び方であると思う。とにかく、通じればよいなどとよく言われるが、それは大間違いであると思う。発音に対して神経を使えるようにならなければ、本当の語学は身に付かないに決まっている。発音を正確にできないで学び続けるのは、いい加減なチューニングで楽器を演奏し続けるようなものであろう。

「すべてにカタカナがふられています」といった語学書は眉唾ものである、と思った方がよい。
by kurarc | 2015-10-01 00:11