人は誰も音楽を奏でているのか?

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映画『ロシュフォールの恋人たち』のサウンドトラック(上)を聴いている。この映画では、3組の男女が運命的に出会い、結ばれることが描かれるが、(デルフィーヌとマクサンスはそのように想像させるラストで終わる)、その男女に同じテーマ曲を与えている。それは、当然のことのように思われる。二人の関係性を強調するためであろうと。しかし、そのように単純に考えてはおもしろくない。

むしろ、わたしは二人に同一の音楽を割り当てるということを、もっと根源的に考えてみたい衝動にかられる。それは、人はいつもある音楽を奏でているのではないかということであり、いわゆる、波長が合う、ということは、その二人が見えない音楽のようなものを感じあうことなのではないか?人が音楽を奏でる、とはなにも楽器を操っているということではない。楽器を弾くことができなくても、人には常にある音楽(音)が流れている、音を発している、と考えるのである。

この映画をみていると、むしろ、そのように解釈してほしいのではないかと感じてしまうのだ。ジャック・ドゥミは後に『ロバと王女』といった本当のおとぎ話の映画をつくるが、この映画は、虚構まで達していないが、現実でもない「大人のおとぎ話」であるような映画と言えるのかもしれない。そして、それは音(音楽)にまつわるおとぎ話なのである。ドゥミはそれをミュージカルという手法を駆使して創造したのである。それにしても、映画に使われるすべての曲がこれほど美しく、活き活きとした曲ばかりである映画をわたしは今のところ他に知らない。

*仕事で辛くなるようなとき、わたしの中に流れてくるのはいまのところ「マクサンスの歌」である。わたしの今年のテーマ曲のようなものになりつつある。この曲が頭に思い浮かばれると、辛いことも忘れてしまう、わたしにとって幸せをもたらしてくれる曲となっている。

*蛇足だが、この映画の冒頭でソランジュ(フランソワーズ・ドルレアック)が手にするトランペットは、「KING Silver Tone "Liberty"」(下)と思われる。ある楽器店のネット上の中古リストにこのトランペットと同一のものがのっていた。
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by kurarc | 2015-11-02 22:36 | cinema