タウトの日記データベース 進捗状況

タウトの日記をデータベースにする試み。この年末と正月休みを利用して、少しまとめて進めて行きたいと思っている。

ブルーノ・タウトという建築家をドイツ人としてではなく、むしろポーランドやリトアニア人に近しい人間としてとらえ直す試みは多分、まだ誰も行っていないと思う。(少なくとも日本では)「タウト」(タウタ)という名がリトアニア語で「民衆」を意味するということは、彼の著書の中でも語っていて、以前からこのことは非常に重要な気がしていた。(以前、彼の色彩建築がリトアニアの都市住居の影響によるものであることをこのブログで言及した。)

彼の生まれた土地ケーニヒスベルクという都市の文化を掘り起こすことも必要なのだろうが、現在はロシア領カリーニングラードとなっている。哲学者カント、多才な文学者E.T.A.ホフマンらもこの土地の生まれ。この都市は特殊な知的環境をもっていたことは明らかで、西欧と東欧の結節点のような役割を果たしていた都市と想像される。

ポーランドに興味を持つことで、ラテン世界とスラブ世界がわたしの中で連続してきたことは大きい。タウトについても、スラブ世界の感性をもった建築家と仮定して、一度再読してみると興味深い事実が浮き上がってくるかもしれない。タウトの日記の中に、そうした事実が隠されているかもしれない。そうした事柄を頭の片隅に置きながらデータベースづくりを行っていきたい。

*E.T.A.ホフマンについては、最近、タルコフスキーの脚本となる『ホフマニアーナ』という書物が出版された。タルコフスキーが残念ながら映画化できなかった幻の脚本であり、この司法官でありながら音楽家でもあったホフマンをモチーフにしている。
by kurarc | 2015-12-20 10:20 | architects