『映画、希望のイマージュ』(野崎歓著) を読む

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東大教授である野崎歓氏のブックレット、『映画、希望のイマージュ』(弦書房)を読んだ。副題として「香港とフランスの挑戦」とあるように、主に、1980年代以降の香港映画とフランス映画の概説といった内容であるが、その二つに共通する副題は「都市」。わたしの興味に非常に近しい内容の映画論である。

台湾映画に魅せられてきたが、最近、香港映画からは遠ざかっていた。20世紀の転換期、1997年の香港の中国返還から20年近くが過ぎた。当時はポルトガルに遊学する準備でバタバタしていたが、このニュースはかなりメディアを独占していたことを思い出す。それから20年近くが過ぎ、わたしは香港という都市を忘れかけていた。野崎氏によれば、香港は東京とも比べ物にならないくらい変化の激しい都市であるという。そして、その様相をひと言であらわすとすれば、香港大学の文化研究者の著書を引用しながら「Space of Disappearance」、「消失の空間」だという。

こうした状況の中で、映画の果たす役割は大きい、と野崎氏は述べている。「消失にあがなう武器」として映画を措定しているのである。たとえば、映画『玻璃(ガラス)の城』(1998年)では、香港という都市の記憶の伝承が主題とされている、という。

しかし、現在、香港は中国に帰属することになり、映画資本も「大陸」へと流れて行き、活気を失っているのが現状らしい。今後は、中国内の都市、たとえば北京や上海といった都市を舞台として、香港映画の流れをくむモダンな都市映画をつくれるのかどうかにかかっている、と野崎氏は結論づけている。

フランス映画においては、フランスの現実を見つめなおす映画がつくられ、フランス映画に活気が甦ってきていると野崎氏は分析する。その一例として、レオス・カラックス監督の『ホーリー・モーターズ』(2012年)を紹介している。この映画ではすでに閉店したサマリテーヌ百貨店屋上を舞台に使うことによって、「パリという街が秘めた映画的な喚起力」が、画面に輝き出している、と野崎氏は述べる。パリのリアルな姿を通じて、パリを再発見する映像になっているのだという。

映画100歳を迎えた20世紀転換期、「映画は死んだ」と表現されたこともあったが、21世紀になり再び映画は生き返ったのだ、とわたしは思うし、野崎氏も言うように「希望のイマージュ」と表現できるような力を未だに秘めていると思えるのである。
by kurarc | 2016-01-06 21:41 | cinema