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映画『ホーリー・モーターズ』 映画の中の自由

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映画はフィクションである。そのことをこの映画を見て再認識した。映画の中では死んだ人間も生き返ることができる。ストーリーなど存在しなくてもかまわない。映像さえあれば映画であるが、そこにわずかな言葉と音楽があれば十分に映画として成立する。

この映画を観て思い出したのは『フェリーニのローマ』である。ローマはバロックの都市ではあるが、この映画の舞台パリは、19世紀につくられたバロックの都市といってよいものであるだけに、車で疾走するシーンは、パリの方がローマよりよく似合う。

この映画は巨大なリムジンに乗りながら、不可解なアポイントをこなしていくある男の生き様を描いているが、その仕事の内容は尋常ではないし、ストーリー性もない(と今は思える)。

この映画の監督レオス・カラックスはかつて、『ポンヌフの恋人』で、パリの郊外に巨大な”ポンヌフ”のセットをつくり、映画を撮影したことで知られている。この映画では、最後にポンヌフを見下ろす廃墟となったサマリテーヌ百貨店からのシーンが登場する。この映画の最も美しいシーンであり、男の相手役である女性カイリ・ミノーグの歌も聴くことができる。映画全体に言えることは、抑制された光の使い方がすばらしいことであろうか。

シーン一つ一つは連続しているようでもあり、不連続のようでもあるが、映画として統一が保たれている不思議な映画である。この映画は、説明が不可能な部類の映画である。血なま臭いシーンも登場するが、決して後味が悪いこともない。そして、ユーモアも忘れていない。

カラックスは、映画の中の自由を表現してみせたのだろう。恐るべき監督である。

*サマリテーヌという名の由来について、土居義岳氏のブログに記載があった。以下、そのブログからの引用である。

「・・・さて百貨店の名「ラ・サマリテーヌ」の由来はなにか。イエス・キリストに水を与えたサマリア女のことである。ではなぜ水か。百貨店が建設されるより昔、17世紀より、そこにポン=ヌフ橋がある。この橋に付属して、水を吸い上げるポンプ施設があっった。ポンプはセーヌ川の水をすいあげ、パリ市民に飲み水など生活用水を提供していた。この揚水施設が、そのサマリア女にちなんでラ・サマリテーヌと呼ばれていたのであった。だからといってパリ市民はキリスト様なのか、などと野暮なことはきかない。そしてこの百貨店は、そのポンプの名を譲り受けたのであった。・・・」
by kurarc | 2016-01-10 12:47 | cinema