『セロ弾きのゴーシュ』とズーク

インフルエンザになり、やることと言えば本を読むことくらいしかない。先日、図書館から借りてきた『クレオール事始』(西成彦著)に、宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』について言及している箇所があり、宮沢の『セロ・・・』を久しぶりに読み返してみた。

この童話は、宮沢が考える音楽の機能や社会的役割(西氏)について見事に表現されていることを、西氏の著書より教えられる。クレオール音楽の中の「ズーク」というフレンチ・カリビアン・ポップスに位置づけられる音楽は、黒人たちの疾病を癒えるための音楽であるというが、それは、『セロ・・・』の中で表現されたネズミの母親が求めた音楽に対応すると西氏は言及している。

宮沢が考える音楽の社会的役割とは、西氏によれば、(・・・以下はブログ筆者により付加)

1)作品中心主義 スノッブ的教養を支える音楽・・・ネコ
2)技術中心主義 音感の開発。練習の重要性・・・カッコウ
3)団体調和主義 合奏による共同性。リトミック重視。・・・タヌキ
4)精神衛生主義 病の克服。健康幻想。・・・ネズミ

宮沢は、こうした音楽の機能を童話という寓話の中で、コミカルに表現している。宮沢が表現した音楽童話から、宮沢がどの程度音楽(西洋音楽)を相対化していたのかは判断できないが、クレオール音楽としての「ズーク」は、宮沢が考えていた音楽の社会的役割を一度解体した上で、再構築されたような音楽であるということである。それは、奴隷たち音楽、ワークソングを起源とするものである。オーセンティックな音楽からは遠い音楽であり、白人達への批評をこめた音楽でもある。

宮沢がもし、クレオール文化に無知でなければ、違ったかたちの『セロ弾きのゴーシュ』が生まれていたのかもしれないし、現代に生きる我々は、この童話を新たにつくり変えることが求められているということになる。

しかし、子供達にはこの童話の通り、金星音楽団の成功を素直に受け取ってもらうしかないだろう。それは、子供の世界の限界としか言いようがない。そうでなければ、楽器を一生懸命に練習する子供達は生まれようにないから。

*ちなみに、「ゴーシュ」とは、フランス語の”gauche "(不器用なの意)からきているそうだ。
by kurarc | 2016-03-10 12:30 | music