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別荘地としての東京 あるいは、「武蔵野ヴィラ」について

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インフルエンザでは、発症の日から6日間の休養が義務づけられる。今日はその最終日である。明日から、また日常の生活にもどらなければならない。

時間があったこともあり、いろいろな本を読んだが、久しぶりに渡辺真弓先生の『ルネッサンスの黄昏 パラーディオ紀行』(丸善株式会社)をじっくりと読み返した。渡辺先生は、わたしの大学時代の西洋建築史の先生であった方(上写真:先生の最近の著書)。この書物を読み返したのは訳がある。最近、郷土の地景について調べているが、わたしの住む三鷹をはじめとするいわゆる武蔵野地区は、数多くのの別荘、別邸が存在したことに気づかされたからである。別荘と言うと、軽井沢や箱根といった土地がすぐに思い浮かぶが、東京(特に西部)もかつては別荘地帯であったのである。

以上のような理由から、アナロジーとしてイタリアのヴェネト地方を中心として数多くのヴィラ(別荘、荘園の館といった建築形式)を手掛けたパラーディオ(1508−80)という建築家が再び気がかりになってきた、と言う訳である。ベネツィアは、大航海時代という新しい時代の到来によって、航路が変更され(東地中海を経由する必要がなくなった)、特権的な力を持ち得なくなった。そうした背景から、貴族たちは、貿易だけではなく、内陸の農業経営、湿地の干拓、開墾に眼を向ける。そのときに、その拠点となる建築を建設する必要に迫られることになる。「ヴィラ」とは、そうした貴族たちの砦となった建築形式であり、その建築を数多く設計したのが、パラーディオであった。

東京(武蔵野地区)に存在していた別荘は、ベネツィアと事情は異なるが、その土地の選定を国分寺崖線付近に定めたものが多い。これらを、仮に「武蔵野ヴィラ」と呼んでおこう。これらは、傾斜地の眺望と傾斜地から湧き出る湧水を利用した庭園(池)と門、母屋、待合、離れなどからなる建築形式をもつものが多い。鎌倉に住んでいるときに湘南の別荘を実測したり、調べたりしたこともあったが、そのフィールドワークが東京へ還ってからも活かされることになった。「東京武蔵野の邸園文化」といってよい文化の発見である。

このような視点をもつことは、若いときにはできなかった。ありふれた日常をみつめる、ということは若いときには苦手である。こうした視点は、歳を重ねて気づくこと、認識できることのようである。
by kurarc | 2016-03-14 14:47 | 東京-Tokyo