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日本造園学会の資料 武蔵野の別邸、別荘について

国分寺崖線やその沿線に分布した別邸、別荘などを調べていると、日本造園学会の発刊する『ランドスケープ研究』といった資料にぶつかる。今日は、そうしたこともあり、渋谷の中心に位置する日本造園学会の事務局に伺い、資料をコピーさせていただいた。

戦前の武蔵野地域に分布した別荘の立地等に関する資料他をコピーしたが、それによって、武蔵野地域に戦前分布していた別荘の立地理由がおおよそ理解できた。また、わたしが予想していた江戸の下屋敷をベースにしたのでは、という考えは、正解であったことがわかった。

武蔵野地区にあった別邸、別荘び利用形態は賓客接待型と近郊保養型のタイプに分類されるという。

A 賓客接待型(江戸の下屋敷をベースとする) 事例:王子飛鳥山の渋沢家別荘

B 近郊保養型

1)レクリエーションの拠点として 事例:玉川別邸(松方家、現 聖ドミニコ学園)

2)書斎として 事例:野口雨情の井の頭池畔別荘、岩崎小弥太の静嘉堂文庫

3)農園経営拠点として 事例:東郷平八郎の府中別荘(現東郷寺)

こうした立地が選択されたのは、健康志向、交通の発達、武蔵野という風景観の広がりといった要因によるものだという。わたしの地元では野口雨情が別荘をかまえていたことになるが、それはどのようなものであったのか、気になるところである。

*以上の内容は、日本造園学会『造園雑誌』55(5)の『戦前の武蔵野における別荘の立地とその成立背景に関する研究』、十代田朗他からの研究より引用した。
by kurarc | 2016-04-06 16:28 | 武蔵野-Musashino