音楽としてのフランス語

フランス語の授業をすでに12時間程度受けている。授業といっても、個人の先生に月2回、1回1時間、カフェでレッスンを受けているだけである。まだ、文法らしい授業というものはないが、ある程度、フランス語の骨格のようなものは見え始めた。文法は、他のロマンス諸語とよく似ていることもあり、その概要は予想ができるのだが(ポルトガル語の文法を学んでいるため)、細部においては微妙に異なるはずであるから、わかっているつもりになることは禁物である。

およそ12時間という授業の中で、わたしの先生が非常に厳しいのは発音である。ポルトガル語をやったおかげで、ポルトガル語の発音になってしまうと、厳しく注意される。フランス語は、母音が連続することを嫌う言語であり、また、その母音をシャープに発音することを求められる。そうした好みから、リエゾンやアンシェヌマンといった読み方が発達することになるのだろう。一つの単語の音は自立せず、言葉と言葉との関係によってその言葉の音が変化していくから、慣れるまでには時間がかかる。

この音に対する繊細な感覚はどこからくるのか、わたしにはわからないが、こうした言語を話すフランス人は、言葉だけでなく、音楽のような音の感覚に影響を与えているのではないかと予想される。もたついた発音を嫌うので、日本語やイタリア語のような重い発音に慣れているものにとってはやっかいなのだ。特に「e」の発音には注意を要する。「e」は、「エ」と条件反射してしまうので、その習慣からぬけださなくてはならない。

音にこれだけ注意することが求められるせいか、いつのまにか、これは音楽を学んでいるのではないか、といった幻想が頭の中をよぎることがある。リエゾンは音楽で言うタイやスラーのように思えてくるのである。ポルトガル語の響きも美しいが、それとはまた別の美しさがフランス語には存在する。フランス語を音楽として学習するということは、今のところ、大きく間違った考えではないような気がするのである。
by kurarc | 2016-06-24 22:25 | France