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音 父の死から29年

人間は「音」を発する動物である、と父が死んだときに思った。人間に限らない。動物は音を必ず発している。呼吸、鳴き声、歌、言葉による会話、動くときに発する音など様々である。

特に、人間は楽器を使い、意識的に音を発する。これも、生きていなくてはできない。人が死ぬ瞬間というものを間近でみたのは、父だけであるが、少し荒々しい呼吸の父が、息を引き取り、病室が一瞬、静寂な空間に変容したのをいまだに忘れられない。その時思ったことが、先に書いた「人間は音を発している」ということであった。29年前の今日の出来事である。

音とはなにか生命にとって根源的な物理現象であると言えるし、どのような音が都市の中や生活の中に存在しているのかということを分析すれば、その時点での音文化を知る大きな手がかりになるはずである。

わたしの子供の頃、東京といえども、実家の近くにはおでんや豆腐を屋台で売りにくる人がいた。そのときに、豆腐屋さんであれば、ラッパの音をならしているのが常であった。しかし、そうした音は現在、都市からほとんど姿を消してしまった。リスボンに住んでいるときに、そうした音に近いものを聞いたことがある。何屋さんであったか思い出すことができないが(確か、金物の研屋さんだった?。しかし、リスボンでももはや、その音を聞くことはできないかもしれない。)、妙に懐かしい気持ちになったことがある。

音楽も音文化の根源に遡って「音」を探求できればおもしろいし、今後、やるべきことのように思えてならない。現在の音楽は、文化の複製の繰り返しであったり、制度が生み出しているものが多いから、わたしのような素人には、付合い方が難しい。



by kurarc | 2016-10-09 20:09 | saudade-memoria