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天才たちの映画

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最近気がつくと、天才と言われる人たちを描いた映画を見続けていた。少し前に紹介したホーキングの自伝的映画『博士と彼女のセオリー』や、アラン・チューリングのエニグマ解読を扱った映画『イミテーション・ゲーム』である。現在、それに加えて、東急ル・シネマでは、ハーディとラマヌジャンという天才数学者の交流を描いた映画が上映されている。こちらの方はまだ未見である。

これらはどれも事実にもとづいた映画であるところが興味深い。そして、どれも想像を絶する苦難と信じられないような生涯が描かれている点で共通している。天才と言われる人々は、多くの難問を背負わなければならない運命の人たちなのであり、その難問を見事に解決していく人たちなのである。だから、天才と言われる訳であるが、アラン・チューリングの場合、それは、国家機密(ナチの暗号(エニグマ)解読)にかかわることであっただけに、暗号解読後も秘密保持には困難を極めた。暗号が解読されたことをナチに知られないように戦争を進行しなければならなかったため、多くの人を救うことができた反面、犠牲者となる人々がわかっていてもその情報を秘密にしなければならなかったのである。

チューリングはホモセクシャルであったために、戦後のイギリスにおいても有罪となり、その治療法に女性ホルモンを投与されたのだという。不思議なことに、ホーキングもチューリングも、普通人ではなかったが、彼らを理解しようという異性(女性)に恵まれたことは幸運であったとしか言いようがない。

我々の使うコンピューターの基礎をつくりだしたのはチューリングがその一人であり、わたしも多くの恩恵を受けている。一人の変わり者により社会は劇的に変わっていくことの証左、それがチューリングの生であったのだが、残念ながら、最期はカタストロフィーを迎え、わずか41年の生涯を閉じることになる。

人と変わっている、と言われることを恐れないこと、天才から学ぶことはわたしにはそのくらいしかできそうもない。

by kurarc | 2016-10-30 21:57 | cinema