ドクシツェルの音

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トランペットは相当うまいと思われる奏者でも、CDなどで聴くと失望することがある。そうした失望を味わうことのない奏者はわたしの中では二人しかいない、モーリス・アンドレとドクシツェルである。

この二人を超えるような奏者にわたしはまだ出会ったことはない。すべてのトランペット奏者の演奏を聴いた訳ではないが、著名な奏者ですらこの二人の演奏と比べるとなにか物足りない。

それは、どういうことかというと、技術と音楽性とのバランスである。この二人と技術的に等しい奏者は数多くいると思うが、その奏でる音楽性となるとこの二人にまで到達しないということである。二人ともクラシック奏者であるが、わたしのような素人が聴いてそのように感じるのだから、音楽は正直である。音楽大学をいくら優秀な成績で卒業しようと、そんなことは全く問題にならない。

音楽は優秀な奏者だけのものでないことは言うまでもないが、彼らのような優秀な奏者がいることが絶対に必要である。そうでなければ、誰も音楽を真剣にやらなくなってしまうだろうし、向上しようとするモチベーションが持続しないだろう。

以前、電車の中でモーリス・アンドレの「G線上のアリア」を聴くことが習慣となっていることを書いたが、現在は、ドクシツェルのトランペットを聴くことが多い。寒い季節には、寒い国出身の奏者、作曲家とその音楽がよく合うからかもしれない。

by kurarc | 2017-01-24 23:27 | trumpet