野鳥観察事始め

今年から、井の頭公園を中心として野鳥を観察しようと思っている。不思議なことだが、急に興味が湧いてきたのである。

野鳥はネコのように人間にこびないところが好きである。生きるのに人間を必要としていないように思う。むしろ人は邪魔な存在だろう。野鳥たちのえさ場を次々となくしているのは人間だからである。このわたしも建築に携わる身として心が痛む。(わたしの知る限り、ロンドンは別である。たとえば、ロンドンのハイド・パークでエサを手にして持ち上げると、野鳥達がこれでもかと寄ってきて、エサを食べにくる。)

若くして亡くなった幼なじみと、大学を卒業する頃だったと思うが、井の頭公園で野鳥を観察したことがある。彼は、鹿児島まで鶴を見に行くような野鳥マニアであった。わたしも今後どうなるのかわからないが、まずは身近な井の頭公園で観察することとしたい。

先日、国立の郷土資料館に行ったときに、悲しい事故の話を聞いた。郷土資料館は、地下に埋もれたプランだが、地下の中庭に面した開口部は大きなガラス張りである。そのガラスを野鳥は認識できず、隣接する森から飛び立った野鳥がガラスに衝突して、死んでしまうのだという。郷土資料館では、そうした野鳥の死骸を剝製にして、資料館内に展示してあった。(ガラスに周辺の風景が映り込んでしまう場合も、野鳥はガラスを認識できないことになるらしい)

こうしたことも、人間は野鳥の敵である証拠である。自然の豊かな地域で建築をつくる場合、この野鳥のガラス事故は常に気にかけるべきことかもしれない。鳥が認識できるようなガラスの開発を望みたい。

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by kurarc | 2017-02-09 18:47 | nature