横光利一作 『春は馬車に乗って』

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春が近づいてくると読みたくなる小説が、横光利一の『春は馬車に乗って』である。この短編小説は、結核に冒された妻とその死までの会話を題材にしている。春の訪れを告げるスイートピーの花束を胸に抱きしめながら妻が息を引き取るという悲しい小説であるが、なぜか、春の風が吹き抜けていくような爽やかな印象を残す不思議な小説である。

横光は、20代に様々な死や破局を経験する。24歳で父を亡くし、その1年後には関東大震災を経験、そして、28歳のときには23歳の妻キミを亡くす。この小説は実体験に基づいた小説なのである。

人が生きるとは、実はこうした破局、カタストロフィーとそこから立ち直ろうとする夢との繰り返しなのである。大学時代お世話になったT先生の最期の著書の副題は、「夢とカタストロフィーの彼方へ」と題されていた。T先生は、トリノという都市の中に、そうした二つの様相を読み込もうとしたのだが、それは、トリノという都市だけではない。都市の中に生きる人間がもつ普遍的な二つの営みなのである。

3.11というカタストロフィーを経験した我々は、ずぐに、そこから復興しようと夢をもち、夢を追いかける。実は夢とカタストロフィーとは表裏の関係にあるのだ。苦悩の中にこそ大きな夢は育っていく。3.11をむかえていつも思うことは、人間の宿命のようなものだが、それは宿命だけに避けられない、ということである。

横光も、20代に経験したカタストロフィー以後、珠玉の作品を残していったが、その夢の実現は、20代の経験なしにはなしえなかったのではないだろうか。



by kurarc | 2017-03-13 18:03 | books