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椅子の神話 座ることと立つこと

椅子に長時間座ることは健康に影響すると指摘されるようになった。PCの出現は、人間が長時間椅子に座ることを強いる結果となっている。しかし、そうした影響を回避する試みも進んでいる。机の高さが上下に変化し、立ってPCを使えるようにするオフィスや、欧米の大学では椅子、机のセットではなく、カウンターを設けて、立って議論する場を設けるなどの工夫をするようになった。そうした環境では、議論も活発になるという結果も出ているという。(PC離れし、スマホ中心の若者たちは、もしかしたら自然にそうした弊害を感じて、椅子+机の環境から遠ざかっていると見ることもできるかもしれない)

こうした状況をデザイナーたちはどのように受け止めればよいのだろうか。今までの通り、「美しい」椅子を作り続けて満足していてよいのだろうか?それは、まさに椅子が出現して以来の椅子のイメージ、あるいはモダンデザインの「椅子の神話」を守り続けることと同じではないか?

ロンドンで良く見かける光景はパブで立ってビールを飲み、議論しているビジネスマンたちの姿である。日本でもたまに見かけるようになったが、椅子の歴史の長いヨーロッパでは、立つことの意味を必然的に見出し、実践しているのかもしれない。日本でも立ち飲み屋や立ち食い蕎麦屋と言われるものがあるが、実はこうした身体の使い方は現代において理にかなっているとも言えるのである。

デザイナーたちは常に日常化した習慣に対して批判的な眼差しを向け、惰性化した身体様式に対して異議を唱えていかなくてはならない生き物である。そうはいっても、ある人は「平均寿命は伸びているではないか」というかもしれない。それは、医学による延命であって、健康寿命ではないと思われる。椅子に座っていて腰に負担がかかっていると感じていたり、姿勢が悪いと感じている人は多いはずである。そのような実感こそ大切にすべきなのである。

*上のように考えると、逆説的に、椅子は「座り心地の悪いものが良い椅子」だ、と言えるのかもしれない。皮肉なものである。

*椅子という道具、かたちはあまりにも自明であるため、新しいデザインはなかなか浸透していかないし、認められない。韓国のデザイナーがつくった椅子の背を腹側に配置した椅子も良いアイディアだったが、浸透していない。

by kurarc | 2017-06-08 16:58 | design