父親世代

わたしは比較的若い時に父親をなくしたせいかもしれないが、最近、父親世代の人間の言説を注視するようになっている。世代としては1920年代から1930年代前半生まれの人たちである。わたしの歳であると、およそそのような年代の人が父親の世代となる。わたしの父は1910年代の生まれだが、1920年代生まれの人間は特に、多感な時期に第二次大戦に深く関わった世代である。わたしの両親も多くの悲劇を体験した世代となる。

父は内地での配属であったから、海外で戦ったといった経験はないが、父の弟(叔父)は、軍の訓練、教育によって神経が衰弱し、社会に不適応な人間になってしまった。叔父は結局、メッキ工場で細々と雇われ、死んでいった。

最近、打ち合わせスペースを借りているオフイスで、同じスペースを借りている方々と話す機会があった。その中にイスラエルと仕事をされている方がいて、イスラエルでは男女ともに徴兵制があることを知る。彼に言わせれば、こうした緊張感のある国ともし戦争になれば、日本など絶対に勝ち目はないと言っていた。軍事産業にエリートのエンジニアが集まる国、それがイスラエルだというのである。

父から多くの戦争体験を聞くこともなく、父は死んでいったが、精神的なトラウマから抜け出せていたのか、今となっては知るすべもない。父は気の弱い叔父がわたしの実家に来るたびにしっかりするよう叱り付けていたが、わたしはその様子がかわいそうで仕方なかった。幼かったわたしを見るのを楽しみに来ていたのを知っていたからである。叔父はわたしを見ると安心した様子で、また職場に帰っていく。

こんな経験をした世代ももう私たちで終わりだろう。私たちの親の世代が、直接に戦争というものを語らず、何を伝えようと必死に努力してきたのか、そのことを学んでいるこの頃である。



by kurarc | 2017-06-13 00:39