「郊外」というプロブレマティック

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少し前、エリック・サティという作曲家とパリの郊外(ここではアルクイユ)についての関係性を論じた本を紹介した。この本を読もうと思ったのは、サティという興味深い作曲家の本であると同時に、「郊外」というトポスを含めて論じていたからである。建築学や都市社会学のフィールドの中で、この「郊外」をテーマとした書籍が出版され始めたのは、もう30年ほど前にさかのぼる。

その後、世紀転換期を前後して、新たに「郊外」をテーマとした書籍があふれ出した。それは、「郊外」(ニュータウンや団地、新興住宅地など)での問題点が顕在化し、はっきり目に見えるようになってきたためだと思われる。郊外で起こる殺人事件なども郊外が持つ闇を照らし始めた。しかし、ここではネガティブな捉え方でなく、東京を考える上での中心のテーマとして位置づけ、今後どのような郊外を構想していくのか、その手がかりを掴みたいと思う。

地元の建築家たちと国分寺崖線上に築かれてきた分譲地(学園都市、田園都市を含む)としての郊外を歩いて1年以上が経過した。通常漠然と通り過ぎてしまう都市「見えない都市」を「見える都市」として意識する試みだが、この中から改めて東京の「郊外」のプロブレマティックを学習してみようと思うようになった。

もはや参考文献は山ほどある。まずは、山口廣先生編による『郊外住宅地の系譜 東京の田園ユートピア』(1987年、鹿島出版会)が良さそうである。江戸から東京へと都市が変化する中で、必然的に「郊外」が生まれたわけだが、その発生と今後の展望を早いうちに一気に掴んでしまおうというわけである。それは、大きくは江戸から東京へという都市の動態を掴むことでもある。今年度の都市研究のテーマの一つとなりそうである。

*「郊外」という言葉が新鮮さを失っているようにも思えるので、「郊外」という言い方とは異なる表現の仕方、言い方はないものだろうか?

*「郊外」をテーマとした書籍の著者は、自ら郊外育ち、郊外住まいという経験を持っている方々が多いのに気づいた。ちょうどわたしと同世代の方々である。「郊外」に関する書籍があふれ出した一つの原因は、世代論の現象(我々の世代が過去を振り返り、分析すること)にも影響していると言えそうである。

by kurarc | 2017-06-21 21:20 | books