美術館という形式の破綻

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昨日、東京都美術館で開催されているブリューゲル「バベルの塔」展を見学してきた。この展覧会は16世紀のネーデルランドの至宝の数々を展示しているが、何と言っても、その中心は「バベルの塔」である。わたしはこのような展覧会の場合、中心となる一点のみ見学し、その他はパスするという見方をする。ブリューゲルの版画も展示されていたが、手元に版画全集があるから、特に見る必要もない。

すでに展覧会の開会からかなり月日が経過したことと、平日であったことから、美術館内は想像を超えるほどの混雑は見られなかったが、それでも、「バベルの塔」は立ち止まって見学できず、単に通過して見学するように警備員に注意される。この絵画は、想像以上に小さいため、本来であれば、その細部をじっくり立ち止まって見学したいのだが、それは許されない。

それどころか、「バベルの塔」が展示してある会場の反対側に、藝大によるプロジェクトとして、300%に拡大された模写が展示されており、こちらで細部を確かめるようにと配慮されたかのような馬鹿げた展示方法がなされていた。これは本末転倒で、我々が見学したいのは模写ではなく、オリジナルなのである。

かつて、「モナリザ」、最近では「真珠の耳飾りの少女」などといった名画を含む展覧会の場合、このような通りすぎるだけの鑑賞になってしまう。東京という巨大都市の中の美術館ではやむを得ないと見るのか、それとも、美術館という形式が破綻していると見るのか?

わたしの美術館嫌いは、このような展覧会に嫌気がさすことからきているが、それでもわたしのような俗物は、一目オリジナルを鑑賞したいと美術館に巡礼に行ってしまうのである。

明日一日限りの展覧会となるが、まだ観ていない方々には、美術館の受付で公式カタログを購入し、それをじっくり眺めた方が、精神衛生上はよいはずである。このカタログには実物大のバベルの塔のポスターが付属している。

*カタログは2,500円。この値段にしては、出来が良い。通常であれば、5,000〜6,000円するくらいの出来である。

*バベルの塔は、ローマのコロッセオからインスピレーションを得た(実際、ブリューゲルはローマでコロッセオを見学した)という。ブリューゲルは、当時すでに廃墟であったコロッセオを見て、自分なりにその姿を拡大(誇大妄想)し、再生させたい欲求が生まれ、それを「バベルの塔」というコンセプトでまとめ上げたのかもしれない。

*この絵画の不思議なところは、垂直方向へ無頓着なことである。西洋において元来「塔」は垂直性への象徴であるにもかかわらず、この絵画では構図が上部で中断され、垂直性はむしろ強調されるどころか、垂直性が切断されているのである。謎の多い絵画である。

*一点に集中して観客が訪れるような展覧会は、そのプレゼンテーション方法を考えるべきである。あくまで、オリジナル作品がどこか別の部屋で拡大されて、見学できるようにするとか・・・今までのような美術館の形式の中での展示では、人が混雑することを想定していないホームのような空間と等しい。



by kurarc | 2017-07-01 22:59 | design