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映画『海難 1890』 トルコと日本の友情

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以前から観たかった映画であり、やっと観ることができた。1890年に起きた和歌山県串本町(現在)でのトルコのエルトゥール号遭難事件と1985年のトルコ政府によるテヘランの日本人救出劇を絡ませた映画である。

わたしはこの映画に人並みならぬ思いがある。それは、この救出劇が行われた1985年3月19日の6日前、イスタンブールからバスを丸2日乗り続けてテヘランに着いていたからである。映画によれば(事実だと思うが)、3月19日からサダム・フセインが無差別攻撃を行うと宣言した状況であった。わたしはそのようなことも一切知らず、ただ、夜中に爆撃がひどくなってきたな、と不安を抱えていながらも、15日にはイスファハンにバスで向かい、無差別攻撃が始まる19日にはシラーズという街へ移動し、親切なイラン人の方と、シラーズの植物園を案内してもらっていたのである。(結果として、無差別攻撃されたテヘランから遠ざかっていたということになる。)

もし、テヘランで体調でも悪くし(実際、体調が悪かった)、あと6日ほど滞在していたらどうなったのであろうか?多分、わたしはトルコ政府が手配してくれた飛行機には乗れず(イランの日本大使館が把握していたのは、イラン在住の日本人のみであったと思う。もしくは、相当高級なホテルにでも宿泊していた日本人ではなかったか?わたしのように、窓のない2畳間程度の安宿に宿泊していた日本人など蚊帳の外であっただろう。)、テヘランの街の中で爆撃に合い、路頭に迷っていたか、死んでいたかもしれないのである。

イランでの爆撃がひどかったのを知ったのは、パキスタンのカラチに3月26日に着き、当時の東京銀行で日本の新聞を見たときであった。このときほど運命というものを感じたことはなかった。人の命とは実は紙一重だということを痛感することになった。

トルコという国は、やはりアジアの中では特別な国である。わたしもトルコ滞在中、日本人というだけで特別な振る舞いを受けた。例えば、バスに乗ると、日本人だとわかれば、一番前の席に座るように席を譲ってくれたり、とにかく親切に応対してくれるのである。

映画の方は、期待以上に良いできであり、力作であった。トルコのことをもう少し、力を入れて学ばなければと思う。

by kurarc | 2017-07-02 22:12 | cinema