映画『スライディング・ドア』 ドアという装置と二つの運命

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先日、キェシロフスキ監督の『偶然』という映画を紹介したが、この映画は、『偶然』からインスピレーションを得て、地下鉄(チューブ)に乗り遅れた場合、地下鉄になんとか間に合い乗れた場合という二つの物語(運命)を同時に描くという手法をとったラブコメディーである。

二つの物語(運命)を同時に描くとはどのようになるのか、興味深かったが、なるほど、このように展開するのかと納得。ほとんどがコメディータッチで描かれていくが、最後、二つの物語(運命)は共に意外な結末に。映画全体は軽快で、気分転換には良い映画である。

この映画のタイトルは「スライディング・ドア」だが、都市生活の中で、我々はこうしたドアによって流動する生活が分断されているということに気がつく。電車、エレベーター、バスなど我々はいわゆる自動ドアの生活にいつのまにか浸っているし、普段は意識もしないくらい当たり前の装置として存在している。しかし、考えてみると、電車に乗り遅れることになるのは、この自動ドアが「自動」で閉まってしまうからなのである。そのことによって、我々は常に電車に乗れるのか、乗り遅れるのか(または、あえて乗らないのか)という二者択一を迫られている。その連続によって、運命は日々更新、変化していると言っても良いのかもしれないのである。「スライディング・ドア」というテーマ自体、極めて現代的なテーマと言えるだろう。

ドアという装置の不思議さに改めて気付かされる映画である。

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by kurarc | 2017-07-06 21:51 | cinema