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弁当は美味しいか?

ここで取り上げたいのは、手作りの弁当ではなく、コンビニやスーパーで売られている弁当のことである。健康志向が進み、カロリー制限から糖質制限といった流れも定着してきたが、相変わらず弁当の貧しさに変化が見られないのはどうしたことだろう?

コンビニやスーパーへ行っても、食べたい、買いたい、と思われるような弁当は並んでいず、もしそういうものがあれば、女性たちによってすぐに買われてしまい、残るのは唐揚げ弁当、ハンバーグ弁当など揚げ物を中心とした貧しい弁当の売れ残り。男たちはそうした貧しい弁当を500円程度払い、10分程度で食べて、昼食は終わる。

日本食が大々的に取り上げられ、その「健康的」な食がメディアに度々登場するのにもかかわらず、この現実との落差はどういうことなのだろう。不満があるなら自分でつくるしかないではないか、と言われればそうかもしれないが、わたしが海外で経験した食生活を思い出してみても、イギリスのサンドイッチと日本のコンビニ弁当は良い勝負ではないか。

問題は、価格なのか、買う側の問題、あるいは弁当をつくる側(コンビニやスーパー)の意識の問題なのか?ポルトガルのようなラテン世界で過ごした経験のあるものには、この貧しさにはなかなか慣れることができないし、憤りすら日々感じてしまうのである。そもそもラテン世界ではコンビニのような空間はなく、あっても、日本の弁当のような売り方はしないだろう。イタリアであれば充実したお惣菜屋が街には必ずある。バルは昼にはレストランに変わり、おばさんたちがつくる昼食が安く提供されているから、常にできたての昼食が味わえることになる。現在でも価格は日本円にして500円〜600円程度だと思う。

日本人の食生活は貧しいのか、豊かなのか?弁当を見ているといつも考えてしまうのである。

*上のことは、「弁当」だけでなく、「定食」という食文化にも言える。

*コンビニは、すでに21世紀の食文化を考えるとき、モデルとして破綻していると思わざるを得ない。コンビニは、例えば、各県単位(あるいは都市単位で)で独自のモデル(独自の品、独自のサービスほか)をつくったら面白いのかもしれない。ローソン、ミニストップ、セブンイレブンなどしかコンビニがない、というのはどこかおかしい。

*コンビニを利用するときにいつも感じる空虚さ、白々しさはなくならない。ものを買うためにだけ行き、便利だからつい利用するわけだが、ただそれだけなのだ。何かを買う、ということには文化が感じられるべきだと思うのだが。

by kurarc | 2017-09-26 12:52 | gastronomy