溝口健二監督 映画『浪華悲歌』 

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溝口映画は、戦前のものでは『残菊物語』(1939)以前の映画を観たことはなかったが、今回、初めて映画『浪華悲歌』(1936)を観た。この映画は、様々な意味で、その後の溝口映画における転換点を示す映画と言われている。

それは、関西弁によるリアリズム映画としてエポックメイキングであったこと。シナリオを担当した京都生まれの依田義賢が初めて参加した映画であったことである。依田義賢はあの映画『スターウォーズ』シリーズに登場する「ヨーダ」のモデルと言われるが、定かではない。しかし、それくらい、溝口映画をシナリオで支えた依田の功績が世界に知れ渡っているのである。

映画は、ある薬問屋で働く女性の破局を描いているが、その女性は破局を迎えても力強く生き抜いていくであろうというラストシーンで終わっている。特にこの映画でわたしが興味を引いたのは、そのモダンな映画セットである。螺旋階段やデザインされた家具類などが登場して、日本のモダニズム期である1930年代のインテリアを感じさせるが、その出来はというと、残念ながら少し陳腐であるが、モダンな世界を不器用にしか表現できなかった溝口のセンスがわかる貴重な映像であると思う。

モダンな世界が映画の背景に映し出されるかと思うと、その一方、人形浄瑠璃(『野崎村』近松半二作)が映画の中に挿入されていて、「世話物である浄瑠璃」、「世話物としての映画」という二重性を表現しているようにみえた。佐藤忠男氏は、溝口の作風を、先行する欧米の監督の影響をもたない監督として位置づけていて、溝口は、歌舞伎や、能、人形浄瑠璃、日本舞踊といった日本の古典芸能(さらに新派劇など)を映画の世界に移行させたと分析している。この映画の中で、人形浄瑠璃が引用されたのも偶然ではないのである。

依田義賢は著書『溝口健二の人と芸術』の中で、主演の山田五十鈴にふれ、ちょうど山田が結婚して子供を産んだ後の第1作に当たることを指摘しており、立派な仕事をしなければスターの座に留まれないという覚悟、意気込みであったことを述べている。(戦前、特に結婚して子供を産むということは女優(スター)にとっては致命的であった)そうした山田の気迫がこの映画に力強さを与えているのかもしれない。

古い映画だけに、映像が劣化していて見苦しさはあるが、溝口-依田映画の第1作として記念すべき映画と言える。この映画には1950年代に開花する溝口映画の種子のようなものがみえる気がする。

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by kurarc | 2017-11-24 22:28 | cinema

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