龍安寺石庭の謎

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わたしはよくある典型的な日本庭園を好まない。自然を模した人工の局地と言えるような日本庭園は生理的に受け付けない。しかし、そうした庭園とは異なる手法の庭園が日本には存在する。例えば、龍安寺石庭(いわゆる枯山水)である。砂と石、それに石に付着したわずかな苔のみによって、主に庭園がかたちづくられている。その背景には、菜種油を混ぜた土による強固な油土塀が続く。自然は借景として取り込まれている。

この石庭は、いまだに誰が作庭したのか、石にはどのような意味があり、その配置はどのように決定されたのか、といった様々な疑問が未解決のまま放置されている。その難問に、多くの学者が説を繰り広げている。ある学者は、この石の配置がカシオペア座を投影したものだという。また、ある学者は西洋的手法や黄金分割を読み取るものもいる。

果たしてどの説が真実に近いのか、わたしにはわからないが、この石庭が多義的であり、人によって多くの想像を呼び覚ます力を持っていることに敬服する。15の石は実は14であり、一つは崩れた末に15に見えるようになったとも言われており、石の数ですら、確定できない有様なのである。

最近、わたしはこの石庭に特に興味を持つようになった。この石庭は多分、中学の修学旅行時以来訪ねたことはないが、謎の多い庭であるが故に興味をそそられる。先にも述べたように、この庭が、擬似的な自然を模していないことも惹かれる。それは、心の中を模しているようでもあり、哲学的でもある。

こうした古典であれば、わたしは是非その謎解きをしてみたいと思う。まだ、参照している文献はわずかだが、まずは、近いうちにこの庭を訪れ、その魅力を堪能してみたいと思っている。


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by kurarc | 2017-12-13 18:10 | archi-works