原点を忘れずに 沖縄 具志堅邸

わたしが大学を卒業して働き始めたのは沖縄であった。当時、那覇市西にあった末吉栄三さんという沖縄の建築家の事務所で働き始めた。

最初の仕事は、具志堅さんという方の離れの解体工事とその施工であった。設計事務所なのになぜ解体工事をやらなければならなかったのか、それは事務所の事情があった。これといった仕事がなかったこともあり、解体工事から設計施工まで引き受けたのである。

わたしの初めての仕事は設計ではなく、解体工事となった。コンクリートブロック造であった平家をハンマーで解体していくのである。このとき、コンクリートの硬さを嫌というほど思い知らされた。3時の休憩時間には、具志堅さんのお母様(おばあ)が人の拳より一回り大きいトマトを出してくれた。このトマトが美味しくてたまらなかった。

この仕事は、基礎の配筋工事を手伝った後、わたしは世界旅行に旅立つことになった。帰国してから、今度は具志堅さんの母屋の改築工事を携わることになる。沖縄の住宅では、作り付けの仏壇が設置されるが、その設計もやり、図面を手書きで仕上げた。こうした仕事がわたしの建築活動の原点である。どんな仕事にも携わること、設計者、建築家という立場であっても、できることはなんでもやる、それがわたしのスタンスである。

建築家は世間的にはカッコのよい職業と思われているが、その実態は正反対である。現場へ行けば、職人たちをどなるヤクザのような存在、紳士的な職業とは正反対だ。その一方で、知的レベルを向上させることにも意欲を燃やす。建築家は、幅の広い階層の中間的存在、その境界線上に位置する職業といってよい。肉体労働者であり、知識人。そのどちらでもない。

年の初めには原点を思い出すことは励みになる。原点の記憶はまったく色褪せないから不思議である。



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by kurarc | 2018-01-02 10:35