失われる昭和の住宅群

鎌倉から三鷹に戻りすぐのことであったと思う。ある著名な建築家の自邸を三鷹の井の頭1丁目(1961年竣工、建設当時は牟礼)に外観のみ見学に行った。ルイス・マンフォードの翻訳者としても著名な建築家の住宅(下、図面。TOTO通信より転写)である。

先日、気になって再度見学に行ってみたが、解体され、新しい住宅に建て変わっていた。最近、武蔵野市のある戦前の企業の旧寮を実測調査した。こちらも解体が予定されているという。そのときに一緒に調査に参加した建築史家の方が言うには、明治以前の古い建築は残る可能性が高いが、以外と昭和や戦後の建築は残らないんだよ、と言った。戦後の建築、たとえば、1950年代に建設された住宅などもすでに築50年以上経過しており、登録文化財に十分指定できる年月が経っているにもかかわらずである。

新しい建築物はその価値の判断が難しく、その価値を評価してくれる歴史家も少ない。それに、オーナーは古い建物を壊して土地を有効活用したいものが多く、残るはずはない。わたしの身の回りでも、立地条件のよい建築物はすぐに解体され、ハウスメーカーの住宅、あるいは、地元の工務店の住宅にすり替わっている。

昭和ブームなどと世間は騒がしいが、建築においてはまったくブームなどにはなっていない。相当優れた建築物でない限り、見向きもされず解体されるのがオチである。赤の他人が解体をするな、といってもそれはそれで失礼なことになり、オーナーの良識に従うしかない。以前、建築物にもお葬式が必要だ、と言った建築家のことを書いたが、少なくとも、名作と言われる建築物は、解体される前に、有識者に公開し、実測調査など資料を整えた上で、解体されることが望まれる。
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by kurarc | 2018-03-04 19:46 | architects