加藤耕一氏(東大教授)によるリノベーションの西洋建築史

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仕事の帰り、恵比寿の日仏会館に立ち寄り、日仏文化講演シリーズ第320回『時がつくる建築 リノベーションの西洋建築史』を聴講する。講師は東大教授の加藤耕一氏であった。

建築の世界ではリノベーションや機能転換の仕事が注目されている。こうした文化を西洋建築史という文脈の中で相対化してみるとどうなるのか。パリに留学経験のある加藤氏は、パリの事例を中心として、スライドを交えながら講演が進められた。

興味深かったのは、古代からの時間軸を設定した場合、まずは再利用的建築観による建築利用が圧倒的に数多かったこと、つまり、建築は再利用されることが当然であった。(オーセンティシティーという概念も存在しなかった)16世紀になると大航海時代の影響もあり、西洋には外部の世界、また自らの中世という時代を「野蛮」と位置づけ、再開発的建築観が勃興した。その具体的事例で最も知られているのはローマのサン・ピエトロ寺院であるという。千年以上にわたる歴史のあった中世的意匠を残すサン・ピエトロ寺院を醜悪なものと認識し、ルネサンスの天才たちが新たな案を競い、よく知られているようにミケランジェロ他のプランによる再開発が行われたのである。(中世的意匠を残すサン・ピエトロ寺院は破壊された)

19世紀になると文化財という概念が生まれ、今度は再利用するのではなく、元の状態に戻すべきという復原思想が重要視されるようになる。こうした思想では、再利用しようとするような発想は押さえ込まれてしまうことになる。

21世紀はどうか。20世紀の発展という時代から収縮(shrink)の時代に移行し、再び我々は再利用という解決方法に注目するようになった。しかし、時代がそう思考させるということであれば、好景気になれば我々は再利用という解決を忘れ、再開発というスクラップ・アンド・ビルドの思想に逆戻りしてしまうのではないか?

我々は以上で述べたような2000年以上の建築史を相対化できる思考を備えている。よって、好景気になり安易に再開発思考に移行してしまったとすれば、人間は時代(経済)を凌駕することができない存在であることを証明することになる。理性は時代に勝つことができるのか、できないのであろうか?

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by kurarc | 2018-09-18 23:48