ピアソラ 右足と左足

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映画『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』を仕事の合間に鑑賞。ピアソラの息子ダニエルの視点から描かれたピアソラの生涯といった映画である。

ピアソラには二人の子供がいて、息子はダニエル、その姉はディアナ。ディアナは政治的な活動家であったこともあり、亡命生活を経験している。

ピアソラの演奏スタイル、つまり、右足を椅子に乗せ、左足一本で立ち、演奏するというスタイルは常々疑問を持っていた。この映画の冒頭でその疑問が解決した。(あくまで、わたしの予想であるが)ピアソラは1歳に満たない時期に右足を何度も手術するという経験をしていることが映画の冒頭につげられた。彼の足は右足と左足でかなり太さが異なっていたという。きっと、彼はその弱い右足を椅子に乗せることでかばい、左足で支えるというスタイルを築いたのではないか?

この映画では、「アディオス・ノニーノ」という彼の父の訃報を受けてすぐに作曲した曲と、「ロコへのバラード」という曲が彼にとって重要な曲であることが強調されていた。映画の中でピアソラは特に父親への感謝を素直に語っている。父親は彼が天才であることを疑うことはなく、音楽教育に情熱を注いだ。それにピアソラは応えたのである。

父親の愛情に応える、という彼の根底にある人間としての芯が彼の戦う音楽を支えたのだろう。ニューヨークで生活していた貧しいアルゼンチン移民が世界に通ずる音楽をつくるまでになることは並大抵のことではなかったのだろうが、それをピアソラは成し遂げたのである。

この映画の最後で、ピアソラが10歳のときに録音(金属レコードに残されている)した「スペインのマリオネット」(ランチェーラ)という曲を聴くことができる。

*ランチェーラ:ヨーロッパに発した民族舞踊のマズルカアルゼンチンに伝わり、マスルカ・ランチェーラ西: mazurca ranchera)として土着化したブエノスアイレス周辺では1930年代に大いに流行し、レコードも多数製作されたが、後に廃れていった。(Wikipediaより)

by kurarc | 2018-12-15 20:07 | cinema