モノローグ 『ノヴェチェント ある独白』(『海の上のピアニスト』)

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映画『海の上のピアニスト』の原作、『ノヴェチェント ある独白』(アレッサンドロ・バリッコ著)を読了。1時間もあれば読める中編小説のような作品である。原作はモノローグ、すなわち一人芝居のかたちを想定した作品であるが、これを映画では壮大なドラマに仕立てた。

映画で登場したトランペッターは一応登場していた。しかし、「コーン」などという名前はつけられていない。また、映画の主題歌が誕生するシーンは映画用の演出で、こちらは原作には登場していない。多少の差異はあるものの、おおむね原作を忠実に映画化していることがわかった。

このモノローグと映画の両方を経験して考えたことは、この作品は「人間を取り巻くヒエラルキー」を表現しているのではないか、ということである。

ピアニスト=職業=生きる場所
船=社会=国家
海=世界=地球

のようなヒエラルキーが想像された。主人公は一生船から陸に降りることができずに、死んでいくが、わたしが疑問に思ったのは、主人公「ノヴェチェント」は生涯暮らした大型汽船ヴァージニアン号が廃船になったとき、なぜ別の汽船へと自分の生きる場所を求めなかったのか?ということである。この作品では作品としてのドラマ化を高揚させるためにもちろんそのような選択は避けられたのだろうが、普通に考えれば、ノヴェチェントの生きる道は存在したはずなのだ。

しかし、このものがたりは20世紀初頭。21世紀のわたしたちのものがたりではない。船を乗り換えることは、たとえば、イタリア人が日本人になるようなこと。その選択はノヴェチェントには不可能だったということなのだろうか・・・

イタリアではすでに200回以上もこのモノローグが上演されているという。一度、日本でも体験してみたいものである。



by kurarc | 2019-01-05 19:08 | books