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建築家青木淳『建築文学傑作選』 文学、建築のゆらぎ

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建築家青木淳選による『建築文学傑作選』(講談社文芸文庫)という著書がある。わたしはこの選集で、青木が選定した10篇の作品よりも、まずはこの選集の解説(青木が担当)に心が奪われた。それは、青木の文学に対する「思考」であり、「指向」が明らかにされていたからであり、青木が文学を語りながら、その裏で、建築論にもなっているすばらしい解説であったからである。

10篇の初めに登場する須賀敦子の『ヴェネツイアの悲しみ』を青木は、「この小篇は起承転結に代表されるような静的な構造をもっていない。全体をつくる要素は、それぞれが独立するいくつものエピソードであって、それらエピソードが、その独立性をたもったまま、つながったり、とぎれたり、ほかのエピソードを入れ子状につつんだりしながら進んでいく。・・・人という存在の「たよりなさ」にもっとも見合った幾何学ではないか、・・・」と選定の理由を述べている。わたしであれば、須賀の文章の論理性のなさに呆れてしまうと評したいところであるが、青木はそれこそが彼女の文学のゆらぎであり、そのゆらぎのしなやかな構造に敬服しているのである。

この10篇の中に坂口安吾の作品は含まれていないが、坂口の文学の紹介もしていて、人間にとっての「ふるさと」を論じる坂口の文章を引用している。「・・・我々のふるさとというものは、このようにむごたらしく、救いようのないものでありましょうか。・・・むごたらしいこと、救いがないということ、それだけが唯一の救いなのであります。・・・わたしは・・・人間のふるさとを、ここに見ます。文学はここから始まる-わたしはそう思います。」(坂口安吾『文学のふるさと』)

こうした坂口の思想から、青木は、人を忖度しないこと、それは即物的なものにつながり、美しいものにつながる、ということを理解しようとしている。彼のこうした感性には脱帽した。文学の中に、言葉の中に建築を見て、建築の中に文学を見ることは可能なのだと思わされた。

現代はロラン・バルトの言葉で言うと、「ゆらぎ」の時代かもしれない。確かな構造ではなく、絶えず変化し、断片化し、連続し不連続であり、首尾一貫性をもたず、しかも、構築されていないということでもない。そういう「構築物」をつくることが新しい建築につながるだろう。そのように思わせる青木の解説であった。

by kurarc | 2019-01-08 19:22 | books