パサージュからリベタージュへ

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パリのパサージュを初めて見学したのは1984年のことになる。当時15程のパサージュをめぐった。18世紀後半から19世紀の空間を残すパサージュは1984年当時は忘却された空間であった。人通りも少なく、汚ならしさが目立った。1990年代になり、ベンヤミンのパサージュ論の影響もあり、パリでパサージュの再評価が広がり、1995年に再度パリを訪れたときには随分と様変わりしていた。人通りも多く、整備されていた。

日本にもパサージュとは言えないまでも、鉄骨造の構築物が残存している。日本において主に20世紀に建設された構築物である。それらは、リベット接合で建設され、機能的な表現だけでなく、装飾的で、手工技術が感じられる。これらをわたしは総称して「リベタージュ(rivetage)」と名付けた。それらは、かつてのパリのパサージュのように、現在でも忘却された技術であり、空間である。

「リベタージュ」は、橋桁、あるいは駅舎の中に残り、ガード下の空間をかたちづくったりしている。普通の人は意識することはないこれらの技術空間を解体される前に撮影しておきたいと思っている。

こうした活動を「リベタージュ・プロジェクト」と勝手に名付けたが、今後どのような広がりが待ち受けているのか、自分でもわからない。見捨てられたもの、忘却された空間、それらを残しておきたい。ただそれだけのことであある。

*写真:神田駅ガード下(リベタージュ事例)






by kurarc | 2019-02-09 20:37 | archi-works