柄谷行人著『遊動論 柳田国男と山人』

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柄谷行人著の『遊動論 柳田国男と山人』を読み始めた。1980年代後半から1990年代の前半に、わたしは柄谷の著書を集中して読んだことがあった。『マルクス その可能性の中心』や『日本近代文学の起源』などであるが、柄谷はこれらの著作と同時代に柳田国男論を執筆していたが、わたしはまったく気づいていなかった。

『遊動論』は近年の柄谷の「柳田国男論の中心」をまとめたものであり、改めて柄谷の著作に興味を持つきっかけとなった。柳田国男を通して、日本の近現代史をたどる内容でもあり、さらに柳田の伝記的著作にもなっていて、柳田の仕事の意義を改めて発見する手がかりを与えてくれている。

一部の軽薄な建築家は、一時期、「ノマド」などといった言葉を建築ジャーナリズムで発言していたこともあったが、この著作ではそうした「ノマド」という言葉自体を批判的に捉えなおしている。

柳田民俗学は、常民=農民をベースに構築されたと言われるが、それは彼の仕事の一部を取り上げ、そのように理解しているに過ぎないことがこの著作で明らかにされている。「遊動民」についても、定住以前、定住以後を区別し、厳密に論じているあたりは、さすがに柄谷らしい。

柳田国男の再評価、再定義に結びつく画期的な著作であることは間違いなさそうである。

by kurarc | 2019-03-07 21:18 | books