コルタサル『山椒魚』と映画『白い町で』

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コルタサルの小説に『山椒魚』という短編がある。パリの水族館で偶然に出会う山椒魚に魅せられてしまう男の話である。男は山椒魚を注意深く眺めている内に、そのじっと動くことのない堂々とした様態に、時間と空間を無化しようとする意志を読み取る。人間の姿に近い猿は、実は人間と近しい存在などではなく、むしろ男は山椒魚に近しさを感じとる。

このコルタサルの短編は、アラン・タネールの映画『白い町で』のシナリオに登場する。ブルーノ・ガンツ演じるポールは、彼の乗っていた船の船長が彼のことを山椒魚(アホロートル)と呼んだ、といった台詞があり、スイスで彼の帰りを待つ妻がコルタサルの言葉を調べるのである。

ポールが船(海)と陸で生活するという両生類のような男だということを意味するものでもあるのだろうが、このシナリオは明らかにコルタサルの『山椒魚』を示唆するものだろう。ポールは意志が空白になり、いわば何かに乗り移ってしまったかのような人間としてリスボンに暮らすのである。もはや正常な人間には見えない。

こうした人間の意識をシナリオ化したタネールの力量には驚かざるをえない。まったく意味をなさない詩のような台詞を繰り返しながら進行する映画。ガンツもこうした台詞を演じる日の朝に渡されたらしい。一体わたしは何を演じるのか、俳優たちも理解不能であったのではないだろうか。

この映画を改めて観たが、予想以上の名画であるような気がしてきた。また、音楽を担当したジャン=リュック・バルビエ(スイスのサックス、フルート奏者)の曲もよい。そして、最も感心したのは、リスボンという都市の空間性をよく捉えているということである。

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by kurarc | 2019-03-15 18:27 | books