言葉の無限

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ちょとした試みとして短編小説などに挑戦するようになって、改めて言葉について考えるようになった。言葉について、以前よりさらに興味をもつようになった。それは、言葉が身近でありふれたものだからでもある。

例えば、コンピューターもなく、スマホもなく、テレビやラジオもないような世界でも、言葉は失われない。言葉とは最も省エネの文化である。1年病院に入院することになったとしよう。上にあげたすべてのものがなくても、辞書一冊あれば、退屈はしないだろう。聖書一冊でもよいかもしれない。あるいは、長編小説1冊でもよいかもしれない。言葉に機械は必要ない。何なら、10冊の長編小説があれば、1年は十分楽しめる。

ジュリアン・グラックの『ひとつの町のかたち』(上)という書物をやっと古本で手に入れたが、このタイトルの「かたち」という単純な言葉の中に、グラックはゲーテまで遡ることを要求している。何気ない言葉の中には、その人の膨大な記憶と命がけの生き様が表現されるものであるということを見落としてはならない。

仕事で交わされる言葉はもちろん粗末にはできないが、精神を解放するようなことは稀で、むしろ言葉の世界を矮小化する場合が多い気がする。言葉はもっと創造性をもつものでありたいし、そのように使用したい。

そうした意味でも、創作として言葉を考え、トレーニングする習慣をつけることは大切である。言葉について、より深く考える習慣を身につけなければと思うこの頃である。

by kurarc | 2019-08-18 23:58