千駄ヶ谷

千駄ヶ谷の従兄弟の家を訪ねた。以前にも書いたが、従兄弟は幼少の頃、アメリカ生活で脳に障害をもった。現在、60歳にもなるが、まったく会話ができない。動物と同じである。今日は従兄弟の好物の葡萄やアイスクリームをもって様子を見に行ってきた。

千駄ヶ谷は国立競技場や東京体育館、将棋会館などがあるが、賑わった商店街もなく、休日に訪れても人通りはまばらで、東京の中の真空地帯のような感じの街である。従兄弟の家は鳩森八幡神社の近くにあるが、初めて境内の中を拝観する。能舞台もあり落ち着いた神社で、9月14日、15日は例大祭日となっている。

従兄弟が美味しそうに葡萄を食べている姿を見て安心したが、いつも会うと胸が痛くなる。もっと医学、あるいはリハビリが日本で進んでいたなら、会話することができたのではないか、と思う。ポーランド映画『幸せのありか』を観て、そう思った。病気になったのはある程度言語を習得してからなので、我々の言っていることは少しは理解していると思われるのだが、自分で言葉を発することができないのだ。

しかし、ヘルパーの方に様子を伺うと、たまに歌を歌うようなことがあるというし、単語を発することもあるという。わたしは彼が幼少の頃、大好物の「ベーコン」という言葉を発したことしか記憶にはない。

以前、わたしの祖父母ほか親戚の墓がある鎌倉明月院の住職から、彼が我々家族の苦しみを引き受けてくれている、と教えられたが、そうなのかもしれない。しかし、わたしの家族も苦労は絶えなかった。彼がいなかったら、もっと苦しい生活が続いていたのかもしれない。わたしにできることは、こうしてたまに顔を見に行ってやることくらいである。



by kurarc | 2019-08-31 18:06 | saudade-memoria(記憶)