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ガウディと奴隷制度

小説『ダイヤモンド広場』の翻訳者田澤耕氏は、『ガウデイ伝「時代の意志」を読む』という興味深い書物を著している。我々のような建築の専門家はガウディ(ガウディー)の仕事のみに着目しがちであるが、田澤氏は、ガウディが生きた19世紀から20世紀のスペイン、特にカタルーニャ、あるいはバロセロナ(バルサロナ)に着目して、ガウディの背後に隠されている世界を読み解いている。

ガウディがあれほど数々の仕事をこなすことができたのは、カタルーニャの経済事情と彼を支えたパトロン達によるわけだが、その一つの理由として、カタルーニャとクーバとの交易、特に奴隷売買との関係を考えなければならない。

カタルーニャ人は、クーバ(キューバ)との間で取り交わされた貿易、特に奴隷売買で巨額の富を得たことが、バルセロナという都市の復興には欠かせない要素であったと田澤氏は指摘している。18世紀後半まで、カタルーニャは、アメリカ(コロンブスらが発見した世界)との貿易は禁じられていたが、1765年、バルセロナが貿易港として認められると、19世紀初頭からクーバとの交易が活発化し、多くのカタルーニャ人がクーバへ移住した。クーバへの移民は「5年辛抱、一財産」と言われていたといい、カタルーニャ人たちはクーバでものを作り売るという今までのスペイン人にない手腕で、クーバ経済を牛耳るようになった。

その中でも、もっとも割りが良かったのは奴隷の売買であった。1865年まで奴隷貿易は続いたが、それはガウディが生きていた頃(ガウディは1852生まれ)にも続けられていたことになるという。後にガウディに数多くの仕事を提供するパトロン、グエイ氏は、このクーバで巨額の富を築いたジョアン・グエイ氏の長男であった。こうしたことを知ってもガウディの仕事の偉大さは失われることはないが、わたしはこうした背景を知ると、何か気まずさを感じずにはいられない。ガウディが敬虔なキリスト教徒になったのも、こうした世界から遠ざかり、身を清めたいと思ったからではないか。

現在でも多くの建築は巨大な富と切っても切り離せないが、わたしにはまったく無縁の世界である。しかし、住宅であっても建築を建設できるクライアントは貧しくては不可能だから、わたしも一切無縁かというとそうも言えない。これは建築という世界が持つ運命のようなものといえる。

*この書物にピカソのことが登場するが、あのキュビズムの誕生を告げる名画「アヴィニョンの娘たち」という絵画であるが、これは南フランスのアヴィニョンではなく、バルセロナの歓楽街アヴィニョ通りから来ているのではないか、と田澤氏は指摘している。これは、すでに、高階秀爾氏の名著『続 名画を見る眼』でも指摘されている。



by kurarc | 2019-09-02 20:07 | architects