忘れえぬ映画シーン シン・シューフェンの台北駅

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国木田独歩の「忘れえぬ・・・」という言葉について少し前に書いた。何か特別なことでもものでもない。また、特別な人でもないもの。そうしたあらゆる出来事、事物に感じる感情が最近気になっている。昔、父親とすれ違った道の風景であるとか、幼い頃、友人と蝉取りをして遊んだ樹木であるとか・・・映画の中でもそうしたシーンが「忘れえぬ」ものとして感じられる。

いくつかのシーンが頭の中に蘇ってくるが、その中でも「忘れえぬシーン」の一つは映画『恋恋風塵』の中で、台北駅にホン(女優のシン・シューフェン 上写真)が佇むシーンである。もちろん、この映画全体が忘れえぬものでもある。彼女はわずか4つの映画に出演して引退してしまったが、わたしが最も好きな女優のひとりかもしれない。正直、彼女は美しい女優というわけではない。大げさな演技をしたわけでもないと思うが、彼女の存在そのものが愛おしく思えてくる稀有な女優なのである。

リベット留めされた鉄骨の柱にもたれかかるように佇む彼女の姿は、特別な姿ではない。それなのになぜ胸がしめつけられるような感情を抱くのか、正直わからない。わたしが初めて訪ねた台北の頃に撮影された映画であるということも大きいのかもしれない。ホウ・シャオシエン監督がこの女優を見出したのも、そうした特別な感情がわき起こったからだと思う。

わたしはこの映画を台湾版シェルブールの雨傘と思っているが、近いうちに、この映画が撮影された風景を眺めにおよそ35年ぶりにもなる台湾に行きたいと思っている。

by kurarc | 2019-09-09 22:48 | cinema