金沢21世紀美術館

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金沢に行った目的の一つは、金沢21世紀美術館を訪れることであった。この美術館の評判はすこぶる良い。それが何によるのか確かめたいということであった。

結論から言うと、この美術館はコンセプトのみを浮かび上がらせた美術館と言えるものであり、建築自体に興味は持てなかった。しかし、それはこの美術館が優れていないと言っているわけではない。むしろ、稀有な美術館である、と言うことである。

美術館は、いわゆる芸術品を収める場所であるから、多くは大げさな意匠を行う建築が多い。しかし、この美術館にはそうした過剰な意匠はまったく見あたらない。円形のボックスに、高さの異なる直方体が突き刺さったような建築、それだけなのだ。さらに、直方体と直方体の間は室内の街路空間と言えるスペースとなっていて、美術館内を自由に歩き回ることができる。つまり、この美術館は都市内都市として計画されているのである。

こうしたことをやっただけで、大げさなことは一切省かれている。これほど明快なコンセプトを体現した建築はあまりお目にかかれない。建築家たちは通常、ディテールなどを見せびらかしたがる。この建築にはそうしたいやらしさが見あたらない。

こう書くと、この建築を絶賛しているように思われるかもしれないが、そう言っているわけでもない。コンセプトのみが浮かび上がるが、ものとしての魅力には欠ける。この辺りのバランスは非常に難しいが、もう少し、意匠を突き詰められたら、もっと優れた建築になったに違いない。

*ここで、「コンセプト」という言葉を使った。学生などが課題発表のとき、よく使う言葉だと思う。もしかしたら、今ではもう死語なのかもしれない。ジャズギタリストの高内春彦氏の著書を少し前に紹介したが、この著作の中でも「コンセプト」という言葉の定義のようなことが言及されていた。
絵画で言えば、遠近法の表現ではなく、印象派以後の表現、これが「コンセプト」である。「コンセプト」とは自己の定義による表現形式のこと。芸術全般は、19世紀のある時期から自ら定義するものとなった。音楽では、ドミナント・モーションが捨てさられたとき、「コンセプト」がはじまる。印象派の音楽である。「コンセプト」という言葉は、実は近代以後の言葉なのだと高内氏の著書から気づかされた。


by kurarc | 2019-09-27 23:39 | architects(建築家たち)