落し物

3日ほど前にSuicaを落とし、もう出てこないだろうと、使わずに用意しておいた東京駅100年記念のSuicaを使用していたが、今朝方、武蔵野警察署から電話があり、Suicaの落し物が届いているという連絡が入った。

こういう場合、日本人の親切心とかで通常は説明されるが、Suica程度のものでもちゃんと届け出てくれる日本人の律儀さはいったい何なのか?わたしは単なる日本人の親切心とかいうことから説明できる問題ではないのでは、と思い始めた。

わたしが感じるのは、日本人の「もの」に対する感覚が例えば欧米人とまったく異なるのではないか、という仮説をたててみたくなるのである。もしかしたら、欧米人はたとえば、Suica程度の「もの」は「もの」としてしか見ないのではないか。だから、落し物は落とされた時点で誰のものでもなくなる。よって、わざわざ届け出るようなことは避ける。

日本人は「もの」の中に、同時に「人」をみる。「もの」にはその所有者の大げさに言えば「魂」のようなものが感じられ、それを所有しようとは思わないのではないか。「もの」に対する畏怖とでも言おうか?だから、親切心というより、そのものに対する恐怖心のようなものから、それをむしろ手放したい衝動があるのではないか?その行動が、警察に届け出るという行為につながるのではないか?そんなことを思ってみたりするが、定かではない。

それにしても、Suicaのような些細なものを届け出てくれた方に感謝するしかない。

by kurarc | 2020-05-19 18:19