井筒俊彦著 『イスラーム哲学の原像』を読む

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イスラーム世界は、ヨーロッパ諸国より距離的に近いが、日本においてはヨーロッパ以上に文化的距離を感じてしまう。わたしは、はじめて訪れた海外旅行で、ヨーロッパ(キリスト教圏)とイスラーム圏をおよそ6ヶ月づつ半々に見学するというプログラムを組んだこともあり、イスラム圏の国をかなり巡り、その文化(建築)にふれてきた。概して、どの国も人々は親切で、トルコでは、バスに乗ると、一番前の良い席にわざわざ座らせてくれたり、イラン(シラーズ)では、植物園内を一緒に散策してくれた青年もいた。しかし、日本へ帰国すると、イスラーム圏の文化の学習を怠けてしまい、イスラームに関する知識不足を感じていた。先日、トルコの古典音楽を聴き、改めてイスラーム圏の文化を学びたいという衝動が走った。

まずは、購入してあった井筒俊彦著『イスラーム哲学の原像』からイスラームの学習を再開することにした。この書物は、特にイランにおけるイスラーム哲学の原点の時期を特定し、その概要を述べている。講演をまとめたものであり、井筒氏の著書の中でも大変読みやすい内容となっている。

イスラーム哲学の原点とは何か。結論からいえば、それは「イルファーン」(神秘主義哲学)である。これは、スーフィズム(神秘主義)と哲学(スコラ哲学)が合流したものである。そして、この哲学の成立に貢献したのは、スフラワルディーとイブン・アラビーの二人であり、時代では12世紀後半から13世紀前半になる。本書では、イブン・アラビーを中心に記述されている。

歴史学では常識になっているが、12世紀は「12世紀ルネッサンス」と位置付けられ、アリストテレスの哲学などギリシア哲学がギリシア語からアラビア語に翻訳された大翻訳時代であった。その後、そこからさらにラテン語訳されて、ルネッサンス文化を開花させたという経緯がある。アラブ世界では、当時、西洋以上(スペイン、シチリアなどは例外)にギリシア哲学を学べる環境が整っていた。その哲学的背景と神秘主義の合流が12世紀後半からはじまり、イスラーム哲学が形成されたということである。

井筒氏の著書の内容を簡単にまとめることは困難だが、イスラーム哲学は、スーフィズムという一信教的修行を行うことで、自我意識の消滅、「神的われ」という状態まで登っていき、その後、そこから下降するように人間的意識に戻りながら哲学をする、そのような過程をたどるという哲学である。

イスラーム哲学では、意識を多層構造(5段階の構造)として捉えており、その第5層(シッル 無私の状態になる)に到達した後、初めて哲学できる主体になることができるということ。そのために、修行が不可欠となるということ、である。

本書で興味深かったのは、神に対する考え方である。無私の状態になった主体は、神と水平面に、同じレベルで相対しながら言葉を交わすということで、一神教としては特殊なありかたが存在するという。これが、スーフィズム独特の立場だという。神は超越的神ではない、ということである。

井筒氏の著書としてはやさしい著書に入ると思うが、リアリティをもって理解するには、まだ相当時間がかかりそうである。井筒氏の他の著書も拝読し、イスラーム文化についての理解を深めていきたいと思う。







by kurarc | 2020-10-28 19:15 | books(本(文庫・新書)・メディア)