「黒い大西洋」について

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かつてジャーナリストの岡村昭彦氏は、日本人の意識のなかに大西洋が欠落していることを指摘した。日本を中心として描かれたメルカトル図法の世界地図では、大西洋がアフリカ(及びヨーロッパ)と南北アメリカに分断されてしまい、それを見慣れた日本人は、大西洋を連続した姿として思い浮かべることを困難にしているからである。我々日本人は常に、大西洋を中心としたもう一つのメルカトル図法の世界地図を思い描くことが必要であり、スペインやポルトガル(ほかイギリス、フランス、オランダなどヨーロッパ諸国を含む)世界を考えるときには、大西洋を常に想像することが求められる。『ポルトガル語圏世界への50のとびら』(上智大学外国語学部ポルトガル語学科編)では、そのことを改めて教えられた。

この著作、第2章(矢澤達宏氏担当)で、「黒い大西洋」についての興味深い内容が記述されていた。英国の黒人学者ポール・ギルロイは、ユダヤ人について使用されていた「ディアスポラ」という概念を拡張し、『ブラック・アトランティック』という著書のなかで、アフリカ系人にまでその枠組みを広げたのである。この章で特に興味深かったのは、アフリカ系人が、奴隷として南北アメリカへ移動しただけでなく、逆にアフリカに帰還した人々もいたという事実である。

たとえばブラジルでは、奴隷身分から解放された後、大西洋を渡り、再びアフリカに帰還した人々(その子孫)はアグダ(Aguda)と総称されるとのことである。彼らは、ナイジェリア、ベナンのベニン湾岸(ギニア湾の一部)に定着した。大西洋の両側に通じていることから、アフリカーブラジルの交易に従事したり、また、ブラジルで身につけた技術(大工、石工、指物師、裁縫師、料理人など)を活かし活躍したのち、ブラジル風の家屋を建設したという。こうした人々のなかで、エリートや富裕層が生まれ、ナショナリズム運動に身を投じるもの、また、弁護士や英語教師として活躍するものなどが現れたという。

ポルトガル語圏を考えるとは、こうしたトランス・アトランティックな運動を視野に入れることが必須なのである。そこが魅力でもあり、広大なテーマに結びつくという困難さをも生み出すことになる。大西洋を意識化できない日本人にとっては、最もハードルの高い世界把握の領域といってもよいと思う。


by kurarc | 2020-12-22 22:28 | Brazil(ブラジル)