「黒い大西洋」について
この著作、第2章(矢澤達宏氏担当)で、「黒い大西洋」についての興味深い内容が記述されていた。英国の黒人学者ポール・ギルロイは、ユダヤ人について使用されていた「ディアスポラ」という概念を拡張し、『ブラック・アトランティック』という著書のなかで、アフリカ系人にまでその枠組みを広げたのである。この章で特に興味深かったのは、アフリカ系人が、奴隷として南北アメリカへ移動しただけでなく、逆にアフリカに帰還した人々もいたという事実である。
たとえばブラジルでは、奴隷身分から解放された後、大西洋を渡り、再びアフリカに帰還した人々(その子孫)はアグダ(Aguda)と総称されるとのことである。彼らは、ナイジェリア、ベナンのベニン湾岸(ギニア湾の一部)に定着した。大西洋の両側に通じていることから、アフリカーブラジルの交易に従事したり、また、ブラジルで身につけた技術(大工、石工、指物師、裁縫師、料理人など)を活かし活躍したのち、ブラジル風の家屋を建設したという。こうした人々のなかで、エリートや富裕層が生まれ、ナショナリズム運動に身を投じるもの、また、弁護士や英語教師として活躍するものなどが現れたという。
ポルトガル語圏を考えるとは、こうしたトランス・アトランティックな運動を視野に入れることが必須なのである。そこが魅力でもあり、広大なテーマに結びつくという困難さをも生み出すことになる。大西洋を意識化できない日本人にとっては、最もハードルの高い世界把握の領域といってもよいと思う。
by kurarc | 2020-12-22 22:28 | Brazil(ブラジル)