ハンコ廃止について

『考古学の散歩道』(田中琢、佐原真著)のなかに、「象牙とハンコ」という章があり、そのなかで、ハンコの歴史についてふれている。

「漢委奴国王」という日本最古の国宝の金印から日本の印鑑の歴史は始まるが、この最古の印は封印であった。現在のように、文字を浮き上がらせる堀り方ではなく、文字部分を掘りくぼめるつくりかたで、封をした泥(封泥 ふうでい)の上からこの印を押し付け使用した。しかし、日本にはこの封泥は遺跡からは出土していないということで、封印を使用する習慣は確立しなかったと考えられているという。

日本にハンコが普及するのは7世紀、中国式の法律や行政制度を日本化して採用したときからだという。もちろん、この時期には紙も普及していた。当初は文字のある部分全面に朱印を押していた。8世紀にはハンコの使用が習慣化したが、武家の政治の実権の掌握と併行して12世紀末に衰退した。かわって登場したのが花押(かおう)であった。

花押は今でいうサインの一種であり、日本にもサインの時代があったということである。しかし、14世紀に禅僧の書画に落款(らっかん)としてハンコを使う習俗を中国から学び、再びハンコが復活したという。16世紀後半以降、花押は衰退し、17世紀から再びハンコ主流の時代となった。

明治政府になり個人にも法律でハンコの使用を強制したが、当時の戸籍法では、ハンコがないときには署名を許していたという。

このように見ていくと、日本ではハンコとサインの時代が交互に訪れていたのである。ハンコが衰退していくのも日本において初めての経験ではない、ということになる。

by kurarc | 2021-01-13 09:31 | design(デザイン)