エリック・サティからフェデリコ・モンポウへ 

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前回のブログで郊外論についてふれたが、今となってはかなり古びた郊外論についてなぜ気になり始めたかというと、『エリック・サティの郊外』(オルネラ・ヴォルタ著、昼間賢訳)に出会ったことによる。(この本については、最初に2017年6月17日のブログで取り上げた)

この本は、サティがパリの郊外アルクイユに住まいを移したことの意味について様々な角度から自由な論説を展開したもので、サティの音楽に興味をもつもの、さらに、サティの周辺で活躍した同時代の藝術家他に興味をもつものにとって貴重な資料となっている。

わたしにとってさらに興味深かったのは、音楽に造詣の深い訳者、昼間氏が本の最後で「エリック・サティと郊外 通勤電車に乗ってひとつ目の駅で降りてみること」という小論を書いているが、その中で、スペインの作曲家フェデリコ・モンポウとサティとの関連に言及していることであった。

モンポウは、サティと交流のあった作曲家であるが、わたしにとっては彼のギター曲がまず思い浮かんだ。「コンポステラ組曲」や「唄と踊り」といったギター曲を若い頃によく聴いていたのである。そのモンポウとサティがこうした本の中で結び付けられるとは夢にも思っていなかった。

1917年、モンポウは『郊外』(通常、「街はずれ」と訳されているようである)という曲を作曲しており、昼間氏はサティの『スポーツと気晴らし』(1914年)と聴き比べてみることを提案している。そして、モンポウの『郊外』の第2、第3曲の題名がジプシーであることにふれて、こうした周辺の人々をテーマとした音楽、つまり「郊外の響き」を注視することについて述べている。(ジャンゴ・ラインハルトにも言及している)長い間、モンポウのギター曲を聴いていなかったが、こうした本の中で彼の曲を思い出すことができたことは、スペインの音楽をたまたま学習しなおそうと思っていたところであったので、奇遇であった。

わたしの興味はどうやらフランスやスペイン、ポルトガル、イタリアなどラテン諸国で活躍したものたち、そして、そうした国々に産まれながら、複数の国々を横断し、影響を受けながら活躍したものたち、すなわち境界人たちであることに本書で気づかされた。(この著者ヴォルタもフランス人ではなく、イタリア人である。)

スコットランド人という母親の影響がサティをアルクイユというパリのバンリュー(郊外)に住まわせたのではないか(母親とは6歳で死別しているとのことだが)、つまり、イギリス人は中産階級以上のものはサバービア(アングロ・サクソン系の郊外の言い方)に住むという慣習をサティが知らず知らずのうちに実現していたのではないかという昼間氏の推測も興味深い。

サティからモンポウという思いがけない再会に感謝しながら、改めて彼らの曲を鑑賞したいと思っている。

*「郊外」に関する捉え方は、アングロ・サクソン文化圏(サバービア)とパリのようにかつて城壁で囲まれた都市では異なることに注意する必要がある。それについては、今橋映子氏の著書においても指摘されている。(『都市と郊外 比較文化論への通路』第4章、第5章、今橋映子編、NTT出版)

by kurarc | 2021-01-30 09:06 | books(本(文庫・新書)・メディア)