沖縄コンクリートブロック考

沖縄コンクリートブロック考_b0074416_21062166.jpg
沖縄コンクリートブロック考_b0074416_14394582.jpg


沖縄を案内してくれたO君から、建築家、香山壽夫設計の那覇市新市民会館(上写真)が建設中であることを聞き、那覇滞在中に見学に行く。この建築の外観についてはO君からメールをもらっていた。沖縄で建築に使用されるスクリーンブロック(沖縄では花ブロックと呼ばれる)との関連を考えるためにもこの建築を見学しなければと思っていたのである。


O君によればこの新市民会館のレース状のファサードは、マックスウェル・フライ(チャンディガールにおけるコルビュジェの協働者)のデザインの影響を思わせるとのことである。ファサードのレースは一つ一つ、プレキャストされていて、巨大なレース状のブロックの集合から成立していると見なされる。そして、そもそもこうした構造材ではないブロックの使用はどこから始まったのかという疑問が生まれる。


まず、沖縄でいつ頃からコンクリートブロックが使用されるようになったのかは、わたし自身詳しく調べたわけではないが、小倉暢之(のぶゆき)氏の『戦後沖縄におけるコンクリートブロック品質保全法の成立過程』によれば、1948年に米軍の工兵隊がコンクリートブロック製造機を導入し、軍の施設や基地内の住宅建設に充てたという。また、1949年には沖縄初のブロック製造業者が創業etc.といった流れがあり、沖縄では米軍の施設、住宅での使用が大きく影響したと推察される。


聖クララ教会(下写真)も1958年に竣工していることを考えると、こうした流れの中で妻面にコンクリートブロックを使用したと言えるのではないか。聖クララ教会は個人的にも思い出に残る建築である。それは、わたしが沖縄で働いていた頃、知念高校の同窓会館(後日、海鳴館と命名)の現場を担当しており、那覇から50ccのバイクで現場に通っていたが、知念高校まであと5分ほどの道を右へ曲がれば到着という道高台にこの建築を見ていたのである。当時は美しい教会だなと何気なく思っていたが、「日本における近代建築DOCOMOMO 150選」に選定されるとは思わなかった。この教会を設計した片岡献は当時SOMに勤務していたというが、詳しい経歴は検索しても現れない。気になる建築家である。


2月に書いたブログで、沖縄におけるコンクリートブロック普及に尽力した建築家、仲座久雄氏について書いたが、そのとき、オーギュスト・ペレのルー・ランシーのノートルダム教会で使用されたコンクリートブロック(ペレは「クロストラ」と名付けていた)は、ゴシック建築の窓にまで遡行する建築エレメントとして考案されたことにふれたが、沖縄ではむしろ、ミリタリー・コンストラクションの影響から発生したと言えそうである。コンクリートブロックのようなプレキャストによる機能主義的な建築エレメントは、わたしが思い浮かべるものは、スペインのエル・エスコリアル宮殿であるとか、リスボンのポンバリーナに見られる窓枠であるとか、フィレンツェのヴァザーリ回廊であるとか、すでにルネッサンス建築以降、顕著に見受けられるが、そもそも、ギリシア、ローマの古代建築のオーダーも、プレキャスト的手法により製作されれたとみなせない訳ではないだろうから、こうした機能主義的な考え方は、少なくとも古代から連綿と存在する建築的思考であると言えるのではないだろうか。(プレキャストされるべきエレメントが近代から現代になるに従い、より機能的に変化しただけと言えるかもしれない。)


そして、わたしが現在興味をもつのは、沖縄のようなミリタリー・コンストラクション、あるいは建築史の中に登場するミリタリー・エンジニアの問題である。日本では、アーキテクトの建築史は存在するが、ミリタリー・エンジニアについての書物は皆無である。原書を読むと、かならずミリタリー・エンジニアという職業が登場するが、そうしたエンジニアがアーキテクトとどのように関連し、影響を受けあっていたのか、現在気になっている。(当面、モダニズム建築とミリタリー・エンジニア、あるいは沖縄の建築における米軍海軍軍政府工務部の影響etc.調べてみたいと思っている。)


以上で、4月末に滞在した沖縄での報告を終わりたいと思う。書くべきことはまだ数多くあるが、きりがないのでこのあたりでやめておく。


*上記の内容は、『仲座久雄と「花ブロック」ー戦後沖繩にみる建築と工芸ー』(磯部直希著)を参照しています。

*片岡献については、当時在日陸軍技術部隊建設部に所属していた、という資料もある。SOMに勤務していたのか、あるいは陸軍の組織に属していたのか、どちらが正しいのか今のところわからない。


沖縄コンクリートブロック考_b0074416_21071279.jpg




by kurarc | 2021-05-04 21:07 | 沖縄-Okinawa