再会するひと

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近所の図書館から『須賀敦子が歩いた道』を借りてきた。須賀さんと初めて会った(以下すべて、直接お会いした、ということではもちろんない)のは1981年のイタリア文化会館で催されたアンドレ・パッラーディオの没後400年を記念するシンポジウムでの同時通訳者であったことからである。その後、アントニオ・タブッキというイタリアの小説家の翻訳者として1990年代に再会した。そして、今年、彼女のエッセイを初めて読みはじめての再会である。


人(他人)との出会いは様々であるが、一度も会うことのないひと、一度、二度(あるいは複数回)は会うが、それ以降会うことのないひと、そして、度々再会することになるひと、のおよそ3パターンがあると思う。すでに死んでしまっているひとを除けば(文学者や藝術家のように作品を残しているひとは含まれる)、やはり再会するひとが特に重要になることは言うまでもない。そして、不思議だが、再会しようと思わなくとも再会するひともいる。須賀敦子さんはそのようなひとの一人である。


この本の最後に須賀さんの略年譜が掲載されているが、その年譜を眺めながら驚いたことがある。須賀さんは、1984年3月から7月末までナポリ東洋大学の日本文学科講師としてナポリに滞在していたが、わたしも1984年7月26日から30日まで、ナポリに滞在していたからである。このとき、ナポリの街で彼女とすれ違っていたという確信はもちろんないが、かといって、すれ違っていないと確実に言えないことも事実である。


彼女のように思いもかけずに再会するひとはきっともっとも自分自身にとって重要なひとになるに違いないと最近特に思うようになった。もちろん、再会することなく忘れさられるひとは思い出のなかで生き続ける訳だが、再会するひとは、今後生きていく上で、わたしを方向付けてくれる何かをわたしに与えてくれるひとに違いないのである。


*この本の中で、松山巌さんの文章から、須賀さんが、建築批評家、建築史家であるマンフレード・タフーリの著作を読んでいたことが記されていた。多分、タフーリはパッラーディオのシンポジウムに参加していたから、そこでタフーリと知り合い、彼から著書の紹介などあったのではないか?


by kurarc | 2021-05-09 14:38 | books(本(文庫・新書)・メディア)