『デペンデントハウス』閲覧のため国会図書館へ

仕事の合間を縫って、国会図書館へ。国会図書館へ行くのは久しぶりである。東京に住んでいるのであればこうしたインフラを利用するのは大きなメリットがある。四谷から南北線で永田町は一駅なので、遠いという感じはしない。


今回、国会図書館へ行った目的は2つあった。第1に、『デペンデントハウス』(1948年刊)を閲覧すること。第2に、『海の「京都」:日本琉球都市史研究』を閲覧すること。両者とも、必要部分をコピーすることが目的であった。


まずは、『デペンデントハウス』についてメモしておく。こちらは、現物を閲覧できず、パソコン上でのデジタルデータを閲覧するかたちになっていた。まず、気がついたのは、原題は『DEPENDENTS HOUSING JAPAN & KOREA』であること。これを当時の日本人は、『デペンデントハウス』と訳してしまったようだが、少なくとも、『ディペンデンツ・ハウジング』と訳すべきだったのではないか。それは、その内容から、一住宅のみを取り上げている訳ではなく、集合住宅から、住宅の配置計画、家具、設備など広範な計画を網羅している書物であるからである。


パソコン上でこの書物の内容を見ていて、非常に興味深い内容であることは一目瞭然であった。このハウジング計画は、基本的には日本に在留するアメリカ人(連合軍家族用住宅)のための計画であったが、この書物の初めにデザインブランチのチーフであるクルーゼ少佐(彼は建築家でもあった)は、日本人の生活様式の先駆となるものであることを述べていて、日本人にアメリカの生活様式を参考にしてほしいという意志を示している点に注意すべきである。


住宅内に設置される家具については、29の家具のデザインがなされ、変わったものでは、スタンド式灰皿やベビーベッド(英語ではbaby cribという。ベビーベッドは日本語なのだ)、カード卓子(折りたたみ式のカードを楽しむためのテーブルである)などまで含まれていた。さらにこうした家具の設計に携わったデザイナーの中には、豊口克平、剣持勇、秋岡芳夫のような後に著名なデザイナーとなったものや、相澤正(わたしの母校の大学で木材の塗装の授業を受け持っていた)ら合計12名が関わっていたようだ。


建築やデザインの歴史的資料として重要性は高く、できれば古本でこの書物を探し、入手したいと思った。『デペンデントハウス』は、終戦直後という時代、日本の建築や家具のデザインに少なからず影響を与えたであろうことは、この書物を眺めていて確信した。そして、その住宅の設備仕様は、現在我々が日常的に使用している電化製品とほぼ同じレベルであり、当時の日本人は驚きを隠せなかったはずである。


by kurarc | 2021-05-25 18:43 | 建築活動記録